校長先生のリーダーシップと風通しのよい組織風土でICT化を推進

学校の枠を超えた利活用へ

―福岡県―
福岡市立百道浜小学校

福岡市授業改善推進モデル校である福岡市立百道浜小学校は、教育センターや外部の専門家と連携しながら授業や校務のICT化を推し進めている。百道浜小学校と教育センター、福岡工業大学短期大学部の石塚丈晴教授に話を伺った。

校長先生のリーダーシップと風通しのよい組織風土でICT化を推進
福岡市立百道浜小学校

福岡市立百道浜小学校
〒814-0001
福岡市早良区百道浜4丁目24番1号

1993年開校。人間尊重の精神に徹し、徳・知・体のある調和のとれた人間性豊かで実践力のある児童の育成を教育目標としている。2022年度の福岡市授業改善推進モデル校としてICTの利活用を推し進める。

教材のデータをクラウドで共有
「コピー&アレンジ」して使う

 福岡市は2022年度から、福岡市授業改善推進モデル校の取り組みをスタートした。その中で、「ICTの効果的な活用に関する実践事例等の創出」を目指す1校として手を挙げたのが福岡市立百道浜小学校だ。同校では始業式や終業式もオンラインで行っている。毎月1回実施する全校朝会も同様で、児童たちは Google フォームで事前にアンケートに答え、校長の酒井美佐緒先生がスライドを画面共有しながら児童や教員に結果を報告するなど、ICTの利用が根付いている様子がうかがえる。

 同市ではまず2020年1月に、教員用のタブレットや無線LAN、スクリーン、プロジェクターを普通教室に配備した。同年12月には全児童に端末を配布し、同時期に Google Classroom も導入した。

 同校の荒木琢磨先生は、「データ管理が従来の紙ベースからデジタルに移行したことで、教員間で授業や教材についての情報共有がしやすくなりました」とICT化のメリットを語る。従来は、各先生が自身の経験を基に教材を作り授業に臨んでいた。教員間で指導案や教材を共有することもあったが、紙ベースだと、個別の学級に合わせて作ったものが、必ずしもほかの学級にそのまま使えるわけではないため転用しづらかった。

 そこで、作った教材のデータをベースとなる“たたき台”として共有するようにしたところ、ほかの先生がコピーして、自分の学級に適した教材にアレンジして使えるようになった。ゼロから教材を作るよりも時間が短縮できる上、ほかの先生の知見も取り込まれてより良いものが生まれやすい。各学級の特徴に合わせて編集する余地をあえて残しておくことがポイントだという。

 「紙ベースだと、物理的にボリュームが膨大で整理しきれない場合もありますが、クラウド上で体系的にデータを格納しておけば、別の先生が作った1年前の教材などを簡単に参照することができます。これまで個人の財産になっていた先生方の知見が共有の資産として蓄積されていくことで、年数を経るほど効率よく教材研究ができるようになると期待しています」(荒木先生)

 Google Classroom が導入されてから、スケジュールと教材研究の確認をする学年研修の効率も上がった。荒木先生が担当する4年生の教員同士では、各学級のスケジュールを Google スプレッドシート™で管理している。クラウド上でリアルタイムに変更を同期できるので、朝や夕方などそれぞれの先生の都合のよいタイミングで確認してもらえる。疑問点があればコメント機能を使ってやりとりする。

 荒木先生は、「学年研修でスケジュールを確認する時間を削減できたので、児童の学びに直結する教材研究の議論を以前よりきめ細かく行えるようになりました。教材研究では、事前に資料をクラウドにアップしておき、学年研修前に目を通してもらうことで『不明点はありますか?』といったところから話を始めることができます。先生たちと対面で意見交換できる時間は限られているので、効率化できて嬉しいです」と話し、今後このやり方をほかの学年の教員にも提案したいと言う。

低学年の児童も手書き入力でパソコンを使う
低学年の児童も手書き入力でパソコンを使う
国語の授業では Google スライド™ に自分の意見を書き込む
国語の授業では Google スライド™ に自分の意見を書き込む
百道浜小学校の実践事例集としての資料。授業で使用したスライドはコピーして使える
百道浜小学校の実践事例集としての資料。授業で使用したスライドはコピーして使える

導入初年度に研修を実施
教員同士で実践を交え教え合う

 今でこそICTの活用が当たり前に根付き、授業や校務に欠かせないものになっているが、最初からICTの利活用が浸透していたわけではなかった。同校のICT推進リーダーの山根達也先生は、「私自身、プロジェクターの無線のつなぎ方から教えてもらうような状況でした。Google Classroom もどのように活用していけばよいか分からず、なかなか意義を見出せませんでした」と導入当初を振り返る。

 ICT端末が整備されたからといって、すぐに利活用が進むわけではない。校長の酒井先生が率先して音頭をとったことが成功の大きな要因だ。できる先生から授業や校務にICTを取り入れていったが、教員全員が使えるようにと導入初年度に研修時間を確保した。「新型コロナウイルス禍での臨時休校中にオンライン授業ができなかったことが非常に心苦しかったので、できる限り早く環境を整えたい思いでした」(酒井先生)

 研修では、一方的にICTの使い方を説明するのではなく、授業の流れがイメージできるように具体的にどう使っているのかを実践しながら進めた。その中で、端末やソフトウェアの操作に不明点があれば都度教えるスタイルをとり、実践を交えながら教員同士で教え合った。

 物事の変化を肯定的に受け止める百道浜小学校の組織風土も奏功のポイントだ。「授業の様子を見て回っていると、子供たちが『こんなふうに使えたよ』と教えてくれるので、よく職員室で話題にしています。授業でICTを使ってみた感触を先生同士でも気軽に共有しており、『その使い方いいですね、私も授業に取り入れてみます』と皆さん前向きです」(酒井先生)。年度ごとに新しく着任する先生が取り残されないように、引き続き、教員間での実践交流を継続したいと言う。

外部専門家の話が刺激 児童の学習意欲が向上

外部専門家の話が刺激
児童の学習意欲が向上

 百道浜小学校の酒井先生のリーダーシップは外部の専門家をも巻き込み、子供たちの学びに貢献している。2021年には情報科学教育を専門とする福岡工業大学短期大学部の石塚丈晴教授を招き、百道浜小学校の4年生に対して情報科学の授業を行った。

 石塚先生は、「プログラミングはコードを書くことだと捉えられがちなので、その本質を伝えられればと思い話をしました。プログラムの語源は“Pro(あらかじめ)+gram(書いたもの)”で、あらかじめ決めた通りに実行していくという意味です。『身の回りで使われているプログラムは?』と子供たちに問いかけると、『ゲーム』『運動会』とどんどん声が上がりました。炊飯器やICカードなど、プログラムされたものが身近にたくさんあるのだと気づいてくれたようです」と授業の様子を振り返った。

「校長先生が率先してICTを使うので、ほかの先生や子供たちがついてくるのでしょう」(福岡工業大学短期大学部の石塚丈晴教授)
「校長先生が率先してICTを使うので、ほかの先生や子供たちがついてくるのでしょう」(福岡工業大学短期大学部の石塚丈晴教授)

 酒井先生は、「専門家の先生から子供たちに直接話をしてもらえると、子供たちの心に残り、学習へのモチベーションアップに繋がります」と話す。今年度は、石塚先生も携わっている国際情報科学コンテストである「ビーバーチャレンジ」の教材をプログラミングの授業で使用予定だ。

 普段からICTを使うことが重要だと言う石塚先生は、百道浜小学校のICTの浸透度合いに目を見張る。「ふらっと学校に立ち寄った際に、酒井先生が校長室からオンライン始業式に参加していて大変驚きました。当たり前にICTの利用が浸透しているからこそ、ほかの先生や子供たちがついてくるのだと思います」(石塚先生)

 海外のICTを使った学校教育の事例を見てみると、①校長先生にリーダーシップがあること、②端末の台数が揃っていること、③全ての先生がプログラミングを含めた情報活用の指導ができること――の3つが成功の要因になっていると言う。ICTの導入や利活用は教員側に主導権があるため、教員が決めたら取り入れない方向に進んでしまう恐れがあるが、コロナ禍とGIGAスクール構想の時期が重なったことが追い風となっている。

手厚い研修で教員をサポート
情報モラル教育が次の課題

 福岡市教育委員会 教育センター 人材育成課の西村直也主任指導主事は、「福岡市授業改善推進モデル校である百道浜小学校がICTの利活用において先頭を走ってくれているので、ほかの学校にとって大いに参考になっています」と取り組みの手ごたえを語る。同センターでは福岡市内の教員のICTの利活用を促し、子供たちの豊かな学びにつながるようさまざまな研修を実施している。

 校務分掌として位置づけられる「ICT推進リーダー」を各学校に設置。推進リーダーに対して、ICT機器やアプリケーションの活用方法を学ぶ研修を行っている。年に5回オンラインで開催されるICT推進リーダー研修では、各学校でのICT推進の取り組み事例を紹介し合う場を設けている。ほかにも、ICTに不安を感じる教員に向けた初級編の夜間スキルアップ講座やプログラミング研修なども行う。

 福岡市全体では、ICTの導入当初は大きな変化に抵抗を感じる先生も見受けられたが、コロナ禍で使わざるを得ない状況になったことで利用が一気に進んだ。感染が不安な子供や不登校の子供もオンラインで授業に参加できるようになった。

 分からないことを主体的に調べるなど子供たちが効果的に端末を使う一方で、情報モラル教育が次なる課題だ。「学校側はどうしても子供の“やらかし”を恐れて端末の利用を制限したくなってしまいますが、それでは根本的な解決になりません。より良く情報機器と付き合っていけるように情報モラルを育てていく必要があると考えます」(西村氏)。2022年度は全国的に著名な専門家を呼び、情報モラルをアップデートした考え方である「デジタルシティズンシップ教育」について学べる場を設ける予定だ。

校内のICT推進にとどまらず
学校の枠を超えた共有を目指す

 他校のロールモデルである百道浜小学校の掲げる目標は高い。「『ICTを組み込んで授業をしてみたが、プリントのほうが良かったのではないか』『ICTを利用するにしても、ドキュメントよりスライドのほうが適していたのではないか』など、子供たちの反応がどうだったかを振り返り、改善していくことが重要だと考えます。また、とりあえずICTを使ってみる段階を終えて“利活用”が進み始めましたが、まだまだ一部です。今後、学校全体に普及させることを目指します」(山根先生)

 さらに、福岡市授業改善推進モデル校としての意気込みも見せる。山根先生は、「百道浜小学校ではICTを取り入れたことで学校内での情報共有が進み、授業にも校務にも良い影響がありました。このことをほかの学校にも広く知ってもらいたいです。特に、教材などの授業の知見については、学校の枠を超えて共有し合えたら、さらに子供の学びに役立てられるのではないかと思います」と、校内のICT推進にとどまらず、学校間の連携にまで期待を寄せる。先陣を切ってICTの利活用にまい進する百道浜小学校に今後も注目したい。

国際情報科学コンテスト「ビーバーチャレンジ」の教材。知識を問わない問題で、パソコンを使わずに情報科学を学べる
国際情報科学コンテスト「ビーバーチャレンジ」の教材。
知識を問わない問題で、パソコンを使わずに情報科学を学べる
プログラミングの授業で使用した荒木先生が作成したスライド。うまくいかなくても失敗だと諦めるのではなく、試行錯誤を繰り返してほしいとの意図を込めた
プログラミングの授業で使用した荒木先生が作成したスライド。うまくいかなくても失敗だと諦めるのではなく、試行錯誤を繰り返してほしいとの意図を込めた

*Google フォーム、Google Classroom、Google スプレッドシート、Google スライドは、Google LLC の商標です。

校長<br>酒井 美佐緒 先生

校長
酒井 美佐緒 先生

教諭<br>荒木 琢磨 先生

教諭
荒木 琢磨 先生

教諭<br>ICT推進リーダー<br>山根 達也 先生

教諭
ICT推進リーダー
山根 達也 先生

福岡市教育委員会<br>教育センター<br>人材育成課 主任指導主事<br>西村 直也 氏

福岡市教育委員会
教育センター
人材育成課 主任指導主事
西村 直也 氏

福岡工業大学短期大学部<br>石塚 丈晴 教授

福岡工業大学短期大学部
石塚 丈晴 教授

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