公開日:2024/4/30

授業の中の「考え方」を整理・分析「価値観」を揺らし、学び続ける先生に

教員養成の今 子供たちに「自律的に探究する力」を身に付けさせるには

鳴門教育大学 大学院学校教育研究科
泰山裕准教授に聞く

1人1台端末環境下の個別最適の学びとは、先生が子供一人ひとりに教える内容を準備するのではなく、子供自らが自分の学びを選びとっていくことが重要だ──。こう提唱する鳴門教育大学 大学院学校教育研究科の泰山裕准教授に、GIGA時代の先生に求められる資質と探究的な学習過程を実践するポイントをうかがった。

教員志望の情熱と、学校現場で求められる資質の擦り合わせ

 国立大学法人鳴門教育大学の学校教育教員養成課程は、小学校教育専修と中学校教育専修、特別支援教育専修に分かれており、小学校、中学校教育専修は、それぞれ「国語」「英語」「音楽」などの教科別のコースに分かれます。2023年10月1日時点の学生数は441人。「教員のための大学」であることから約10人の学生に1人の指導官がつく手厚いサポートが特徴で、教育実習の機会も豊富です。

 私は講義で学生の「価値観を揺らす」ことを意識しています。教職を目指して教育大学に入学してきたわけですから、ほとんどの学生は「理想の先生像」を持っています。しかし、現在の小学校や中学校は、板書、机間指導、クラス運営、学習規律など多くの領域で彼・彼女らの時代とは大きく異なります。そのため、例えば、3年生の講義の初回では「君たちは2年間、子供たちに各教科などを教える先生として必要な知識やスキルを身に付けてきたと思います。では、なぜ、子供たちは学校でその教科を学ぶのでしょうか?」と質問します。

 自分の経験に基づいた先生像や教室などでの指導イメージは一度脇に置いて、当たり前と思っていることも、もう一度問い直してみる。このように前例にとらわれ過ぎず、教壇に立った後も学び続ける姿勢が大事と繰り返し伝えます。学生への指導では、彼・彼女らの教員になりたいという情熱と、学校現場で求められる資質の擦り合わせを意識しています。

「探究的な学習過程」を構成する4つのプロセス

 変化のスピードが速いこれからの時代を生きる子供には、社会に出てからも自らの判断に基づき学び続ける力が必要です。学校教育では、自ら必要な課題を決めて学習する力、そして自律的に探究できる力を育むことが求められています。

 総合的な学習の時間の学習指導要領で、「探究的な学習の過程」は、①課題の設定(どうやって課題を決めるか)、②情報の収集(どんな情報を集めるか)、③整理・分析(情報をどう分析するか)、④まとめ・表現(どのようにまとめ、表現するか)の大きく4つのプロセスで説明されます。自律的に探究できる力を育む教育とは、①〜④の学習過程を回す基盤となる資質・能力を育てることに他なりません。私たちが育てていきたいのは、このような「自律的に探究できる子供」です。

 では、「自律的に探究できる力」を身に付けさせるにはどうすればよいのでしょうか。①〜④の学習過程それぞれの基盤となる資質・能力を育てる必要があります。その中で特に「整理・分析」のための方法としての思考スキル、つまり「考え方」が大切だと考えています。先生は授業の中の「考え方」を整理・分析して、今日の授業ではどんな「考え方」を学んでいるのか、子供たちに理解させることが重要です。

 先日、ある小学2年生の生活科を見学しました。授業では、自分が何をしたら家族など周りの人が笑顔になったかを発表しました。児童たちは「肩たたきしたら褒めてくれたよ」「食器洗いを手伝ったら喜んでくれた」などと報告しました。全員の発表が終わると先生は、「みんなが成長したり、優しくしたりしたから、周りの人はにこにこしてくれたんだね」とまとめて授業は終わりました。

 児童にしてみれば、自分たちの報告が突然、簡潔な言葉にまとめられてしまった格好です。先生は、低学年の児童なので、それぞれの具体的な報告から「周りの人の笑顔は、自分が成長したり、優しくしたりする姿を見せたから」という抽象的な結論を導き出すのは難しいと判断したのです。児童が自分たちで情報を整理・分析し、簡潔な言葉にまとめるのは大変と先生が考え、先回りしてしまうことで、かえって児童が自律的に探究するチャンスを奪ってしまった例と言えるでしょう。

 このような「先生過ぎる」対応は、子供が自分の頭でさまざまな情報を整理・分析し、自らまとめ・表現する機会の芽を摘んでしまいます。それを防ぐには、先生自身が授業の中で学ぶ「考え方」について改めて振り返り、理解する姿勢が大切です。学習指導要領を対象とした分析から授業の中の「考え方」は、多面的に見る・変化をとらえる・理由付けるなど19種類に分類でき、それを僕は思考スキルと呼んでいます。先生は、子供たちにどの「思考スキル」を学ばせるのか意識しながら授業の準備をします。

 しかし「さあ、考えてみよう」と言われても、子供たちはどう考えていいのか分かりません。教室では、児童生徒が目標の「思考スキル」を理解したり把握できたりするように発問したり、教材を使ったりして導きます。

 このような思考スキルの発揮を支援するための道具が「思考ツール」です。最初は先生自身が埋めてみせ、児童生徒に「このツールを使えば情報を整理・分析しやすくなる」と思わせます。思考ツールを使うのが目的にならないように、あくまでも考え方を身に付けるための補助として用いることは何度も説明しましょう。子供たちは慣れてくると課題別にどの思考ツールを選ぶべきか分かるようになりますが、最終的には思考ツールがなくても考えを深められるようにします。

先生が教室内の情報をコントロールできない時代

 2020年に本格スタートしたGIGAスクール構想で配備された1人1台端末は、児童生徒に従来とは比較にならないほどの大量な情報と接する機会をもたらしました。これまで多くの先生は、子供に情報活用能力がなくても困っていなかったでしょう。いろいろな情報が構造的に整理された教科書を、さらに先生が解説する。言い換えれば、子供が情報を読み取れない事態が教室で発生しないよう先生が入念に準備していたのです。

 しかし、端末が配備され、教室でも子供たちがインターネット上の整理されていない“ぐちゃぐちゃ”な情報に直接触れられるようになりました。さらに、見ている情報源も一人ひとり異なるケースも少なくありません。1人1台端末が行きわたった現在では、かつてのように先生が教室内に流れ込む情報をコントロールするのはほぼ不可能です。だからこそ、子供自身が情報モラルを含む情報活用能力を身に付ける必要があると考えます。

 この1人1台端末と情報活用能力の関係からも明らかなように、今や教室の中にも多様性が広がり、一斉授業の前提は崩れてきたと言えるでしょう。最適な学び方は児童生徒それぞれで異なる。GIGAスクール時代の個別最適の学びとは、先生が児童生徒一人ひとりに合わせて準備するのではなく、児童生徒自らが自分の学びを選びとっていくことなのです。

 「先生が分かりやすく丁寧に教える」や、「先生が子供の理解が深まるような活動を準備して理解させる」という従来型の授業の主語は先生です。GIGA環境で見受けられるようになった「先生が子供の理解が深まるような学習の流れを示して、子供がそれぞれ進める」も、実際のところの主語は先生のままであり、学習者主体の個別最適な学びとは言えません。

 GIGA環境下の先生が目指すのは、「子供が自分で理解が深まるような学習の流れを計画して学ぶ」こと。ここに至って初めて学習者主体の学びであり、「学びに向かう力」を育む授業と言えます。学生には、これからも講義や研究発表などを通じてGIGA時代に求められる個別最適な学びの理解を促します。

思考スキル一覧
子供たちに、多面的に見る・変化をとらえる・理由付けるなどの「考え方(思考スキル)」を教える際は思考ツールを使うと視覚的に理解しやすい。

※ご紹介させていただいた所属・役職は2024年3月1日現在のものです

この記事に関連する記事