社会を生き抜く力を育てる―「攻めの姿勢」で進める教育DX
教育委員会訪問
―京都府―
京丹後市教育委員会・京丹後市立峰山中学校
京都駅から、電車を乗り継いで約3時間。日本海に面した京丹後市は、かつて「東京から最も遠いまち」と呼ばれていた。そんな京丹後市が今、新しい教育の実現に向けて、熱く燃えている。
京丹後市立
峰山中学校
〒627-0004
京都府京丹後市峰山町荒山88番地
京丹後市教育委員会
〒629-2501
京都府京丹後市
大宮町口大野226番地(大宮庁舎)
受け身から探究へ
劇的に変わった保健分野の授業
「今は教育が変わっていく過渡期。失敗を恐れずに挑戦し、授業も校務も改善していきたい」。雪が舞う12月のある日、峰山中学校の藤原哲也校長は、そう力強く語り始めた。
授業改善の象徴的な例が、保健体育科で行われている「協働的な短時間探究」を取り入れた授業だ。これまでの保健分野の授業は座学中心で、「生徒は受け身になりがちで、学習意欲も高いとは言えなかった」と、保健体育担当の平林稔久先生は振り返る。この状況を変えたい。主体的・対話的で深い学びを実現したいと、平林先生は授業改革に乗り出した。
まず取り組んだのは、授業構成の大胆な見直しだ。教科書を使った一斉指導を10分に凝縮し、先生が用意した5分程度の資料動画を個別に視聴。その後、Google フォームを用いた小テストで、理解度を確認する。ICTを効果的に活用することで、従来50分かけていた指導を30分に短縮した。
こうして捻出した残り20分を「協働的な短時間探究」に充てる。生徒たちは4人1組のグループに分かれ、平林先生が投げかけた問いについて探究を進めていく。
例えば感染症を扱う単元では、京丹後市が観光地であることを踏まえ、「もし感染症が爆発的に広がったら、どこから広がり、どう対応すべきか」といったテーマで探究する。「地元・京丹後市に絡めた課題にすると、生徒たちの真剣味が目に見えて増す」と、平林先生はいう。教材研究でも、生徒の意欲を引き出せる課題の検討に多くの時間を割いているそうだ。
生徒たちは Google ドキュメント™ を共同編集しながら、調べ、話し合い、考えをA4・1枚にまとめていく(図1)。途中で中間発表を行い、先生の助言を受けながら、他のグループの内容も他者参照してブラッシュアップしていく。
「20分で一人でまとめるのは難しくても、4人が力を合わせればできる」(平林先生)。その言葉通り、生徒たちは役割分担を自分たちで決め、時間を節約するために端末を操作しながら話し合いを同時進行するなど、全員が自立した学習者として、力強く学ぶようになった。今ではみな保健分野の授業を楽しみにしており、授業後も自主的に作業を続ける生徒も珍しくない。「期末テストの平均点も、8ポイント上昇したんですよ」と、平林先生は顔をほころばせた。探究的な学びによって、知識がしっかり定着していると言えるだろう。
この授業スタイルは、社会科や理科など、他の教科でもすぐ応用できそうだ。次期学習指導要領では「探究的な学び」がますます重要視されるが、平林先生の授業はそれを先取りした実践だと感じた。
「チョコアップ」が支える
学び合いと授業改善
授業改善は、他の教科でも進んでいる。数学科担任の上野宏彰先生は、従来の一斉授業からの転換を図り、複線型授業や自由進度学習を取り入れている。
この日の授業では、上野先生が用意した問題(難易度別に分類)から生徒一人ひとりが問題を選び、自由進度学習を進めていた(図2)。
Google Classroom™︎ 上には上野先生が用意した教育系YouTuberの授業動画のリンクや授業プリントのデータが掲載されており、生徒は授業前に予習し必要に応じて授業中や家庭学習でも活用する。
自由進度学習と言っても、学びは孤立していない。一人で黙々と取り組む生徒もいるが、友達同士で盛んに教え合う姿も見られた。学力にかかわらず、全員が懸命に学習する姿が印象的だった。上野先生は机間指導で丸付けを行いながら、一人で悩んでいる生徒には「分かっている人に聞いてみよう」と助言し、個別最適な学びと協働的な学びを一体的に充実させようとしていた。
こうした授業改善を支えているのが、「チョコアップ」と呼ばれる授業研究の仕組みだ。毎学期約2週間、校内での授業公開期間を設け、教科や学年の枠を越えて、先生同士で自由に授業見学し合っている。「時間をかけて準備した公開授業を1回見学するよりも、普段の授業を10分でもいいから10回見た方が学びになるし、先生の負担も少ない」と、平林先生はいう。
授業の感想や助言は、デジタルアプリで共有(図3)。学年・教科を越えて授業を見合うことで、「この手法は自分の教科でも使える」との気づきが生まれ、授業改善の歯車が回り始めている。
社会で活躍できる子供へと育てたい
峰山中学校には、挑戦を前向きに受け止める校風がある。その先頭に立ち、学校全体を牽引しているのが藤原校長だ。
「マイナーチェンジではなくフルチェンジ。古いやり方はいったん手放し、効果が見えること、モチベーションにつながることだけを残す」。藤原校長はそう語り、教職員にも生徒にも、積極的にICTを活用する姿勢を明確に示してきた。
図3: コメントを共有し、「いいね」を付けたり、返信を書き込めるデジタル掲示板アプリ。「チョコアップ」で見学した授業の感想を 教員同士で共有しているほか、生徒たちも授業の振り返りなどで使っている。
そのリーダーシップのもと、校務DXも着実に進んでいる。市指定の校務DXパイロット校として、Google スプレッドシート™ による情報共有や教員専用ポータルサイトの開設(図4)、チャットを活用した連絡体制の整備など、業務の効率化と見える化を図ってきた。これらの取り組みは、教員が授業づくりや生徒と向き合う時間を確保するための土台となっている。
藤原校長の姿勢は、校務にとどまらず、授業DXにも及ぶ。12月からは、授業での Gemini™ の活用を開始した。新しい技術に対しても、禁止や制限から入るのではなく、まずは使ってみる。その上で、どう活かすかを考えるというスタンスを、校長自らが示している(図5参照)。
こうした一連の取り組みの根底にあるのは、「社会に出て活躍できる子供を育てたい」という明確な理念だ。その具体的な取り組みが、「キャリアデザインプログラム」である。同校では、京丹後市教育委員会や近隣の芸術文化観光専門職大学などと連携し、Google 社の協力のもと、多彩な講師を招いた学びを展開している。Chromebook™ の操作方法やネットリテラシー、情報モラルにとどまらず、身に付けた知識やスキルを社会でどう活かすかを考える機会を重視している点が特徴だ。
「学んだことを自分の将来や社会と結び付け、自らのキャリアを描ける子供を育てたい」。藤原校長の言葉どおり、峰山中学校のDXは、生徒たちの未来を創造する教育改革として進められている。
京丹後市の「グローバル人材育成事業」
社会に出て役立つ力を育む―。この考え方は、峰山中学校だけでなく市内全校に共通しており、京丹後市教育委員会が実施している「グローバル人材育成事業」
(※図6参照)へとつながっている。
これは市内の小中学生を対象とした事業で、「英語力に加え、問題解決能力や他者と協働する力を育み、将来、社会で主体的に役割を果たせる人材を育てる」ために、小学校から学びを段階的に積み上げていく構成となっている。
小学校では、英語を使って京丹後市の魅力を発見し、世界に向けて発信する活動を行う。中学1年生では、オンラインを活用して海外の生徒と交流しながら、京丹後市と海外とを比較し、自分たちの地域の価値を捉え直す。中学2年生ではオーストラリアへの短期留学を行い、そして中学3年生ではこれまでの学びの総決算として、京丹後市の未来を創造する探究的な学びへと発展していく。
この一連の学びの中で、ICTは欠かせない役割を果たしている。例えば、短期留学に参加する中学2年生は、市内の複数校から集まるため、日常的に顔を合わせることが難しい。そこでチャットやオンライン会議を活用し、事前の打ち合わせや意見交換を行うほか、報告会用の発表資料も共同編集で作成する。探究、協働、発信という学びのプロセスを、ICTが下支えしているのだ。
こうした経験を通して、生徒たちは確かな成長を遂げている。「協働的な学びを通して、一人では難しいことでも、他者と力を合わせれば実現できると実感しています」と、同事業を担当する戸田美保指導主事は話す。この事業を修了した高校生が、ボランティアとして再び事業に関わり、後輩の育成に携わろうとする姿も見られる。自ら学んだ経験を、次の世代や地域に還元しようとするリーダーが育ち始めているのだ。
同事業の報告会には京丹後市の市民も多く足を運び、子供たちが地域の魅力を再発見し、世界に向けて発信する姿を、温かく見守ってくれているという。
授業改善と教育DXに一丸となって取り組む
グローバルに活躍できる人材を育てるために、市教育委員会では授業改善にも力を入れて来た。その中心となったのが、各学校から集まった、年齢層も役職も異なる9名の先生方、通称「9人の侍」だ。彼らが外部の有識者や指導主事らと連携しながら、「探究的な学び」を軸とした授業改善を研究開発し、各校に広めていった。
授業改善を加速させるために、市教育委員会は大胆な方針を打ち出した。令和5~7年度までの3年間を授業改善強化期間と位置付け、行政が責任を持つから、学力調査等の数値に一喜一憂せず、安心して授業改善に全力投球してほしいと、学校現場に周知したのだ。
「まずは授業改善を進めることが何より大切。結果は後から必ずついてくる」と、松本明彦教育長はその真意を説明してくれた。元小学校校長である松本氏が先頭に立って改革を進めていることは、現場の先生方にとって大きな支えとなっている。
「まずは挑戦してみる。うまくいかなければ、また別の方法を考えればいい」と、松本氏は言う。この変化を恐れずにスピード感のある改革を断行していく「攻めの姿勢」は、教育DXでも遺憾なく発揮されている。AI英語発話支援サービスを、公立学校として“世界で初めて”導入。他に先駆けて導入したことで、開発元の企業から手厚いサポートを受けられているという。令和7年度には、「ファーストGIGA」で整備した iPad を Chromebook へと切り替えた。主体的・対話的で深い学び、そして深い学びを充実させるには、Google Workspace for Education™ をストレスなく使える環境が不可欠であり、大人が仕事をする時と同じ環境で学ばせたいとの思いから、Chromebook へのリプレイスを決断したのだ。これに伴い、フィルタリングサービスもチエルの『InterCLASS® Filtering Service』へと切り替えた。国が推奨するダッシュボードに対応していることや、ChromeOS™ に特化している点が、決め手になったという。
この「攻めの姿勢」は、教育委員会から現場の先生方まで、市内全体で共有されている。今回の取材では松本氏を始め、教育DXに取り組む指導主事など主要メンバーにお集まりいただいたが、久保有紀総括指導主事をはじめ、「とにかくチャレンジ」と異口同音に意気込みを語ってくれた。この挑戦を、行政も全面的にバックアップ。行政職の吉村祐輝主任は、事務方として予算の管理や環境整備に尽力しつつ、学校現場に頻繁に足を運んで教育DXへの理解も深く、先生方からの信頼も厚い。まさに市全体が一丸となって、前進しているのだ。
京丹後市教育委員会のオフィスはフリーアドレスになっており、明るく、活気に満ちあふれていた。この活気の源について、長砂健指導主事は、「GIGA環境が整い、最も追い風が吹いているのは、我々のような地方です。外部の専門家や海外ともオンラインで自在に繋がれるようになり、地理的な不利を乗り越えられるようになりました」と、力を込めて語った。
かつて「東京から一番遠いまち」だった京丹後市は、今、「世界に一番近いまち」になりつつある。そんな熱気を肌で感じた。
※Canva は、Canva Pty Ltd の商標です。
※Google、Chromebook、ChromeOS、Google Workspace for Educaion、Google Classroom、Google フォーム、 Google ドキュメント、Google スプレッドシート、Gemini は、Google LLC の商標です。
京丹後市立峰山中学校
京丹後市立峰山中学校
校長
藤原 哲也 先生
京丹後市立峰山中学校
教務主任 主幹教諭 保健体育担任
平林 稔久 先生
京丹後市立峰山中学校
数学担任 3年学年主任
上野 宏彰 先生
京丹後市教育委員会
京丹後市教育委員会
教育長
松本 明彦 氏
京丹後市教育委員会
教育理事兼総括指導主事
久保 有紀 氏
京丹後市教育委員会
学校教育課主任兼指導主事
戸田 美保 氏
京丹後市教育委員会
学校教育課主任兼指導主事
長砂 健 氏
京丹後市教育委員会
学校教育課主任
吉村 祐輝 氏