GIGAスクール「はじめの一歩」

―北海道―
札幌市立稲穂小学校

「GIGAスクール構想」による1人1台環境での授業がまもなくスタートする。新しい環境に適応するために、学校や先生たちにはどのような準備が求められるのだろうか。その一例を取材した。

GIGAスクール「はじめの一歩」
札幌市立稲穂小学校

札幌市立稲穂小学校

〒006-0034 札幌市手稲区稲穂4条5丁目12-5

学校教育目標として「朔風に耐えたくましく生きる心豊かな稲穂の子」、人間形成の4本の柱として「知(考える子)」「情(思いやりのある子)」「意(意志の強い子)」「体(たくましい子)」を掲げ、調和のとれた心豊かな子供の育成を目指す。

GIGAスクールを前に

 「GIGAスクール構想」が目指すのは、子供たち全員がいつでも自分の端末を使える学習環境である。これまでICTの活用が進んでいなかった学校では特に、管理職や教員の意識を変え、経験値を上げておく必要がある。

 このときのポイントについて、札幌市立稲穂小学校 菅野光明校長にお話を伺った。大切なのは、GIGAスクール構想の趣旨を理解することと、「体験」からスタートすることだという。

最初の一歩が肝心

 GIGAスクールという大きな環境の変化を目前に、肝心なのは最初のきっかけとなる第一歩だ。

 まずは実態を知るためのアンケート調査を行った。

 アンケートの結果、環境の変化を不安に思う教員の声が少なくなかった。そしてその不安が、クラウド活用に関する基本的な知識のあいまいさに起因していることもわかった。

 「クラウド・バイ・デフォルト」「OS」「デバイスフリー」「ログイン」などの用語、概念や仕組みについて「よくわかっている」と答えた教員は少なく、「ICTを活用した授業に不安があるか」との質問には約66%の教員が「ある」と答える結果となった。

 また、児童1人1台端末の必要性に懐疑的な教員もいることがわかった。

 根本的な不安や疑問を解消しないまま端末の操作説明や授業での活用方法の研修をしても、高い効果は期待できない。教員にとって「難しそう」「負担が増える」などのイメージが先行し、本質が伝わりづらくなるからだ。

 GIGAスクール構想は本来、授業をより効率的で活発なものにし、教員たちの負担も減らしてくれるはずのものである。GIGAの環境がスムーズに受け入れられ、本来の目的どおりに機能するため、土台をつくっておく必要がある。

「はじめの一歩研修」

 そこでGoogle認定教育者でもある菅野校長は、「GIGAスクールはじめの一歩研修」として教員研修を行うことにした。研修の対象は自校の教員にとどまらない。依頼を受けて近隣の学校や他自治体に出向くこともある。「先生たちの不安を取り除くこと、そして、GIGAスクール構想の背景や趣旨をしっかり伝えることが目的です」と語る。まさにGIGAのための“土台づくり”といえるだろう。

 一方で、先生たちの不安を取り除くことは、実はそれほど難しいことではないとも感じていた。なぜなら、「仕事で使ったことがない」「専門的な用語がわからない」というだけで、ほとんどの教員が日常生活でスマホ等を活用しており、GIGAスクールの大切なポイントである「クラウド」も無意識に利用している。普段の生活で、十分にその良さを享受しているはずだからである。

 基本事項として「OS」「アカウント」「ログイン」などの用語を整理・解説した(図1)。これらも、改めて知る機会がなかっただけで、全て身近なものだ。

図1 基本事項を改めて整理する
図1 基本事項を改めて整理する

 クラウドの体験としてのファイル共同編集作業は2つのステップに分けて行った。ステップ1ではあえて各個人のスマートフォンやPCなどを使用する。Googleスプレッドシート(「好きな食べ物」調べ)の共同編集作業をすることで、「デバイスフリー」の概念も自然と実感することができるという。「普段使っているツールの延長にすぎず、『思ったより難しくないかもしれない』と感じてもらえれば、まずは成功です」と菅野校長。

 1カ月ほどの間をおいたステップ2では実際にChromebookを用いて操作を体験する。まず、教師役の菅野校長がGoogle Classroomを使って課題を配信し、工夫次第で低学年でも端末を十分に活用できることを説明する。次に、配信された課題に、教員が児童の立場から取り組む。Google Jamboardの共同編集(「おすすめのお店紹介」)やGoogleフォーム(「算数ミニテスト」)の活動は毎回とても盛り上がるという。教員自身が体験を重ねることで少しずつ授業の具体的なイメージをもってもらうことがねらいだ。

 共同編集をする中で、あえて他の人が書いたものを消してしまったり、書き換えたりした教員もいた。「子供たちなら、こんなことをするのではないか」と想定することで、実際の子供たちへの具体的な指導を考えるきっかけにもなる。

先生たちの意識を変える

ICTについて、わかりやすく説明する菅野校長
ICTについて、わかりやすく説明する菅野校長

 研修の中では、このようなICTの基礎知識や学習活動の体験に加えて、GIGAスクール構想の背景や趣旨を伝え、先生たちの根本的な意識を変えることも大切にしている。

 「1人1台の端末は、私たちの日常生活にすでに欠かせないもの。先生たちの中に『本当に子供たちに1人1台が必要なのか』という疑問がまだあるとしたら、それは解消しておかなければいけません」

 子供たちはこれから、ICTが必要不可欠な社会に生きていく。その上で必要となる資質・能力の育成のためにも、学校でのICT活用の在り方を変えていかなければならない。日本の子供たちが諸外国と比べて「学習の目的でICTを活用していない」ことなどを例にあげ、現状とのギャップを説明している。

 多くの学校現場ではこれまでの環境から「PCはPC教室に行って使う特別なもの」というイメージがまだまだ根強い。このようなイメージをもったまま端末が導入されたとしても、効果的な活用はやはり期待できない。

 1人1台の端末は、子供たちにとってあらゆる場面で効果的に活用されなければならない。菅野校長はこれまでいくつかの学校現場で、「設備や環境がせっかくあるのに有効に使われない」状況をたびたび見てきたという。GIGAスクール構想で全ての学校の環境ががらりと変わる今、そのような状況はなんとしても避けなければならない。

 これからは、子供たちには目的と必要に応じて文房具のようにPCを使ってほしい、と菅野校長は話す。共同編集など機能の目新しさに着目しがちだが、それだけではない。例えば、これまでと同じようにインターネット検索でPCを使うこともある。しかし、その場合もわざわざPC教室に行くのではなく、「その場ですぐに検索できる」ということ。また、タッチタイピングの練習も授業のすきま時間にできるということ。そういう具体的なイメージを先生たちに伝えている。

 それは、先生方の意識の変化が、1人1台端末の効果的な活用に直結するからだ。

体験さえあれば先に進んでいく

 体験というきっかけさえあれば、授業での活用や指導のアイデアは先生たちからどんどん出てくるだろう、というのが、菅野校長の期待だ。

 「題材はなんでもいいのですが、具体的な活動を体験してみると、すぐに先生たちの頭の中では『これは学級会で使えそうだ』『こんな指導が必要かな』などと考え始めています。先生たちは、1つの方法をいろいろと転用することが非常に上手ですし、実際の子供たちの顔を思い浮かべているから具体的にイメージできるのですね」

 共同編集の楽しさが学校の雰囲気づくりに一役買う場面もある。各学校の研修には校長をはじめとする管理職も意欲的に参加しており、共同編集にも加わって、ほかの先生たちと一緒に楽しむ。このことが非常に大切だと菅野校長は感じている。学校全体でICT活用に取り組んでいこうという前向きな雰囲気づくりにもなるからだ。

 研修後には、校内のGIGAスクール担当者が教師役となって、Google Classroomや他のツールを使った模擬授業を行うことを勧めている。ここでも、「教師として課題などを配信する方法」を詳しく知るより先に、「児童役として課題に取り組む体験」を重視している。実際の子供たちの活動を想定して課題等を作成・配信し、取り組んでみると、学習者としてどこで操作に迷うかなど、さまざまなことが見えてくる。

 稲穂小学校の森和穂先生からは、これまでの研修で体験したことを生かして、現時点(取材当時:児童用の端末は届いていない状況)でやれることを着々と進めているとの前向きなお話を伺った。「事前にクラウドを使ったさまざまな体験をしていたおかげで、そのあとに受けた市の研修でもより深く学ぶことができました。授業で使うイメージも、かなりできてきています。児童役として体験したことで『何年生ならこういう活動が可能だろう』と具体的な想定ができます。他の先生方もみなポジティブに取り組んでいるので、意見の交換も活発です」

今後に向けて

 実際の授業で端末を使うようになると、事前に“使う際のルール”を決めないといけないという声も聞かれるが、そういうルールは、少しずつ決めていけばよいと菅野校長は考えている。

 これまでずっと学校全体で取り組んできた学習規律や学習習慣の考え方は、これからも変わらない。児童用PCに関して想定されるルールは、「先生が話しているときはPCを閉じる」、「朝、登校したらまず端末をこのようにする」などである。ルールは先生たちが子供たちと一緒に決めていってくれればいい。ただし気をつけなければならないのは、学校全体で共通のルールであることだという。「『となりのクラスはこうなのに』『去年はこうだったのに』というような状況は避けなければいけません。4月から3カ月くらいかけて、固めていきたいですね」

 さまざまな「失敗」も予想されるが、それも学びになればとの考えだ。GIGAに備えて実施している情報モラルの学習についても、実際に失敗やトラブルに直面してこそ、本当の意味で習得できる。

 また、ルール策定のプロセスと並行して、先生たちには更なるスキルアップの期待もかかる。

 今後も徐々にステップアップしながら、先生たちの学びをサポートしていきたいと話す菅野校長。「最近はオンラインで受講できるセミナーなどが増えました。オンラインであれば時間や場所によらないため、先生たちにとって非常に学びやすい環境といえます。この環境も大いに活かして、さらにスキルアップしてくれることに期待しています」

 GIGAスクールのポイントは、子供たち全員が必要なときにいつでもPCを使うこと。言い換えれば、全ての先生が日常的にICTを活用するようになるということだ。

 活用が日常的になり軌道に乗れば、そのあとは先生たちのアイデアやノウハウの積み重ねでどんどん活用は広がっていくと考えられる。その軌道に乗せるためにも、これだけ大きな環境の変化に踏み出す「はじめの一歩」として、それぞれの学校の実態に合わせた効果的な教員研修が必要といえるだろう。

*Chromebook、Google Workspace、Google スプレッドシート、 Google Classroom、Google Jamboard、Google フォーム は、Google LLC の商標です

校長<br>菅野 光明 先生

校長
菅野 光明 先生

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