学校現場の「想定外」は学びを深める ~教育YouTuberが考える高等学校・大学における支援のかたち~
特別座談会
高校生や大学生の間では自身の学びをサポートしてくれるYouTube™動画が人気です。実際に教室で子供たちに教えた経験もある教育YouTuberの2人に、動画制作でのこだわりや公教育の現場でしかできないこと、動画の学習支援のかたちを語り合っていただきました。
ご自身の教育チャンネルのコンセプトを教えてください。
たくみさん 理系大学生に分かりやすい授業を提供したいと考えています。多くの人に関心を持ってもらえるように、テーマの選択やサムネイル、タイトルの付け方には工夫しています。
宇佐見さん 僕の動画のコンセプトは高等学校での学びをエンタメにすること。エンターテインメントではなく、「エンジョイ×タメになる」のエンタメ。楽しいから自分のためになる、気付きがあるからより楽しく勉強に向き合える、といったサイクルを回していきたいですね。
たくみさん 大学の先生はその分野でとても優れた研究成果をあげている人であると思っています。そのような先生全員に、予備校講師に求められるような「数百人の学生を相手に授業をするといった特殊なスキル」を求めるというのは、現実的ではないと思っています。僕自身は大学の講義に満足できなかったので「ならば自分が」と思い、理系大学生を救う教育チャンネルを立ち上げました。
宇佐見さん 高等学校までは故郷の香川県に住んでいて、東京大学への入学を機に上京しました。痛感したのは、都会の学生は夢の実現へ当たり前のように頑張っている姿勢。地方には周囲に憧れのロールモデルが少ないため、高校生は「自分はこの程度」と自身の可能性に自ら限界を決めてしまいがちです。どこでもつながるオンラインでこの意識の格差を解消し、地方の高校生が自分の夢に向かって勉強を頑張れる機会を提供したいと動画の投稿を始めました。
動画制作やチャンネル運営でのこだわりは。
宇佐見さん 投稿時間です。
受験生の生活を考えたとき、いつYouTubeの僕の動画を見てほしいか。朝、参考書を開くのではなく、まずYouTubeを10分見る。すると新しい気付きで勉強が楽しくなり、前向きな気持ちで学校に向かう。だから朝の6時半に投稿しています。
たくみさん 動画をたくさんの人に見てもらうには「組み合わせ」がポイントです。誰と一緒に作ったら視聴者が最後まで見てくれる動画になるか意識しています。再生回数の上位のYouTuber同士は仲良しのケースが多いのもそのためです。僕も理系大学生の興味を引くチャンネルになるように、教育以外も含めて幅広い分野の人とコラボレーションしています。
今の高校生や大学生は、「何を学びたいか」より「誰に教わりたいか」を重視していると感じます。全く同じ話でも、頭に入るか入らないかは話し手が大きな要素を占めるのではないでしょうか。トークスキルといった細かい技術面ではなく、人物像。予備校講師や教育YouTuberの経験から、授業をする側はまず学生から尊敬してもらうことが大事と感じます。
これまで投稿した中で印象深い動画を挙げてください。
たくみさん 「線形代数入門」という連続講義シリーズですね。線形代数はほとんどの理系大学生がつまずく領域です。僕のチャンネルのコンセプトにピッタリなテーマで、再生回数もシリーズを通じてコンスタントに数十万回に達しました。この動画の再生数を見たとき、「理系大学生を救うことができた」と思いました(笑)。
宇佐見さん 僕は再生時間が約4時間の「整数問題全パターン徹底解説」ですね。YouTubeの動画は短いほうが再生回数は伸びると言われる中、4時間という長編が多くの人に最後まで見てもらえたのは自分としてはかなり驚きでした。
また、この動画は、学校の先生から「授業で使いたい」との問い合わせを多数いただいています。YouTubeの再生時間が長い動画でも、中身がきちんとしていれば公教育の現場に受け入れてもらえるというのも発見でした。
たくみさん 「大学で学ぶ物理を板書1枚にまとめてみた」も印象深いです。分野が多岐にわたりそれらが複雑にからみ合う物理学の一つの「体系」を示してみました。
板書1枚1発撮りにしたのは、より生々しい感覚で物理学という大きな世界を楽しもうとの思いを込めたかったからです。教科書は単元別にまとまっているので、教科の全体像や単元ごとのつながりが見えにくい。その学問を体系的に解説する授業こそ、講師の実力が一番出ると思います。
教育YouTuberから見た学校の授業の優れた点は。
宇佐見さん YouTubeには「想定外」がほとんどありません。でも、学校現場には、教える側が準備していた授業のストーリーが生徒の思わぬ反応や解答で崩される時があります。
先日、ある高等学校で1年生に三角比を教えました。学校から山までの距離と見上げた角度が分かっているとき、山頂までの高さは? 普通ならタンジェントを使って導き出します。
するとある生徒が、「ポテトチップス1袋の中の空気圧を山の下と頂上でそれぞれ測り、その違いから高さを求める」と答えました。それだけではなく「人工衛星とレーザーを使う」などいろいろな意見が出てきます。「なるほど。物理的な考え方だね」と答えを認めつつ解説すると、生徒の目が輝いたのが印象的でした。数学の授業中に「あ、自分は物理好きかも」と気付き、物理の授業で圧力や干渉系の単元に触れたとき、「これは前に数学で話題になった内容だ」と興味を持ちます。
想定外は学校の現場でしか生まれないと考えています。想定外の反応があり、学びが深まる場があるのは素晴らしいですし、私自身そういう経験をするために定期的に対面授業を行っているとも言えます。
たくみさん 学校の先生には授業で担当教科以外のことも、ご自身が知っていることをどんどん話してほしいです。僕も物理の授業の時に化学のエピソードを、化学がテーマの時にあえて生物の話題を取り上げるようにしています。高校生や大学生は、教科の間にはハードルがないと気付き、勉強する面白さにある意味〝勝手に気付いてくれる〟のではないでしょうか。そのきっかけ作りの一つとして、僕たちの動画を使っていただければと思います。
※YouTube は、Google LLCの商標です。