公開日:2024/4/1
小・中をつなぐ「全教職員研修会」と「校務はチャット」は授業観も変える
教育委員会訪問
―静岡県―
吉田町教育委員会
町立の小学校と中学校には端末も電子黒板もWi-Fiもなかった静岡県吉田町だったが、GIGAスクール構想を機に、学校情報化先進地域に生まれ変わった。2023年11月の全教職員研修会と公開授業に参加し、一人ひとりの先生の授業観をGIGA仕様に変えた「巻き込み力」の背景を探った(記事内容は2024年1月26日時点)。
静岡県
吉田町教育委員会
〒421-0395
静岡県榛原郡吉田町住吉87番地
TEL: 0548-33-2151
教育委員会のリーダーシップで小・中学校が垣根を超えて連携
静岡県の中部に位置する人口約3万人の吉田町には、吉田中学校、住吉小学校、中央小学校、自彊(じきょう)小学校があり、3つの小学校の児童数はそれぞれ400~500人台で、その多くが進学する吉田中学校には約780人の生徒が通う。もともとPCはPC教室のみで端末も電子黒板もWi-Fiもなかったが、GIGAスクール構想を契機として4校同時に環境を整備。2021年2月に Chromebook™ を導入、翌月にはWi-Fi工事が完了した。
町を挙げた一体的な取り組みのバックグラウンドになっているのが、2017年度に制定した「TCPトリビンスプラン」だ。「新学習指導要領への確実な対応と教職員の働き方改革で教育の質的転換を図る同プランとGIGA環境は、非常に相性が良いと考えています。同プランの基盤的整備の項目には、ICT環境の充実を盛り込んでいます。ICTの活用で教職員の多忙の解消を図り、教材研究や授業改善などに向き合う時間の確保を目指すことが、町の学校関係者の共通認識として定着しています」(吉田町教育委員会 教育長の山田泰巳氏)
4校の先生が全員参加
1校が全クラスの授業を公開
GIGA環境の普及を促す取り組みとして、吉田町教育委員会が特に力を入れているのが「全教職員研修会」と「校務におけるチャットの積極活用」だ。前者の全教職員研修会は2022年度にスタートした持ち回り制で、4校の先生は全員参加、1校が全クラスの授業を公開し、残り3校の先生全員が見学する。事後研修においては体育館などに集まり、情報化推進アドバイザーである信州大学 教育学部 学術研究院 教育学系 准教授の佐藤和紀先生の講評を得る。
事後研修では、算数・数学や理科など科目ごとに分かれて当日見学した授業や日頃のクラス運営の工夫などを語り合う。2023年11月に吉田中学校で開催した全教職員研修会では約30分間実施。事後研修会場の一角に集まった小中学校の国語の先生5人によるグループでは、GIGA環境の個別最適な学びにおける先生と子供の“距離感”が話題になった。
小学2年生の担任の先生は「私はその日の授業のゴールと進め方を説明した後は、児童の動きに目をこらし、端末の使い方など最小限の関わりにとどめます。『授業中は立ち歩いてもよい。分からないところは友達に聞いて』と呼びかけると、多くの子供は国語が得意な児童ではなく、仲良しの友達のもとに行きます。でも結局分からないまま授業は終わった。この経験の積み重ねを通じて子供たちは、困難に直面したらまず何でつまずいているのかを見つめ直し、先に進むには自分が真に必要とする人に自ら声をかけないと問題は解決しないことを学びます。この知恵は、社会に出てから役立つのではないでしょうか」と説明すると、中学校の先生など他のメンバーはメモ帳代わりの手元のPCに感想などを入力していた。
吉田町では、町立の小学校の児童は1年生のときに割り振られた Google アカウントを吉田中学校の3年生まで使用する。トータル9年間の教育を考えると、小学校と中学校の垣根を超えてすべての授業を公開し、先生方が共有したほうが、子供の未来も見据えたGIGA環境の有効活用に気付く。
「『個別最適な学びって何?』からスタートすると現場の先生が困り、子供たちも戸惑う。そこで3年前、『みんなで授業を見せ合おう』と教育委員会がリードする形で全教職員参加型の研修会の仕組みを作りました。各校の校長先生とも話し合い、2022年度から現在の年4回の体制に移行。全教職員研修会で学んだ知見を各校の特色を生かした形で役立てていただいています」(吉田町教育委員会 指導主事の平井奉子氏)
校務DXの推進は先生の働き方改革も後押し
吉田町教育委員会がGIGA環境の浸透を図る手段として重視している「校務におけるチャットの積極活用」は、各学校がそれぞれの教育目標の下で浸透を図った結果、今ではすっかり日常風景となった。
自彊小学校では児童と同じく教職員も「ともにやってみよう!」を合言葉に、相互に学び合う教職員集団を目指して校内研修を実施している。「Google Chat™ を始めとしたGIGA環境を日頃の校務で積極活用することが、授業改善はもちろん、先生の働き方改革にもつながるのではないでしょうか。ある先生が体調不良の際、かつては電話連絡でしたが、今ではチャットで瞬時に多くの先生が情報共有できるので、代替の先生の確保や授業の引き継ぎがスムーズになり、安心して休養できます」(同校の三輪洋士校長先生)
住吉小学校 教務主任の杉浦寛史先生も、「校務DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進は、先生が児童と遊んだり、話を聞いたり、授業準備をする時間を1分でも増やすため。1日1分でも、年間の授業日数の約210日で換算すれば210分=3時間以上生み出せる計算です。本校独自の校務用サイトを立ち上げて授業計画や年間スケジュール、職員会議の記録などの窓口を一本化し、チャットを軸に連絡調整することで、児童や先生など関係者全員のウェルビーイング(心身ともに健康で、持続的に幸福な状態)の実現を目指しています」と語る。
3つの小学校の児童の大半が進学する吉田中学校では、チャットによる学校同士・先生同士のつながりをカリキュラムマネジメントに活かしている。同校 研修主任の山岸史弥先生は「中学校の場合は受験を控えている生徒が多いので、授業はどうしても先生が生徒に講義する従来型の一斉形式になりがち。しかし吉田町では、全教職員研修会やチャットによる情報交換ネットワークが機能しているので、小学校の先生方のGIGA端末の使い方やクラス運営を身近な実践例としてヒントにしながら授業内容を進化させていきたい」と力を込める。
研修主任と主幹教諭・教務主任の役割分担を明確に定義
吉田町のGIGA環境が軌道に乗り始めた要因として、教育委員会のリーダーシップとともに、各校において研修主任と主幹教諭・教務主任の役割を明確に定義した点を指摘するのが、中央小学校 主幹教諭の柳原学先生だ。
「研修主任は校内研修などを通じてすべての先生が『よし、自分も端末を使ってみよう』という前向きな姿勢になるムードづくり、主幹教諭・教務主任は授業や校務でクラウドが当たり前のように使える環境づくりに注力してもらっています。この2名を両輪に校務DXが整備されていれば、人事異動で他校から新しい先生がきても、従来に比べて少ない研修時間で学校のルールや運営になじんでもらえます」
教育委員会と外部の情報化推進アドバイザーがけん引する形でGIGA環境を浸透させてきた吉田町。現在は4つの小中学校がそれぞれ創意工夫をこらしながら自走し、町全体の教育の質向上を促している。その姿は、人口や経済規模、地域特性に関係なく、日本全国どの自治体でも、GIGA環境で授業や校務の改善は可能であることを雄弁に物語っている。
*Chromebook、Google Chat、Google スプレッドシートは、Google LLC の商標です。
吉田町 教育委員会
教育長
山田 泰巳 氏
吉田町 教育委員会
指導主事
平井 奉子 氏
吉田町立自彊小学校
校長
三輪 洋士 先生
吉田町立中央小学校
主幹教諭
柳原 学 先生
吉田町立住吉小学校
教務主任
杉浦 寛史 先生
吉田町立吉田中学校
研修主任
山岸 史弥 先生
※ご紹介させていただいた所属・役職は2024年3月1日現在のものです