国際化と情報化に対応できる人材育成を目指して
進化する高等学校を支援し、個別最適な学びを実現
神奈川県教育委員会 教育局 指導部
高校教育課 国際・情報教育グループ指導主事
大里 有哉氏
神奈川県教育委員会 教育局 指導部
高校教育課 国際・情報教育グループ指導主事
岡野 裕子氏
神奈川県教育委員会は「かながわ教育ビジョン」に基づき、社会の国際化・情報化に適応できるよう教育内容の充実を図っている。文部科学省と連携しながらどのように取り組みが行われてきたのか、高等学校の事例を伺った。

教育を取り巻く環境が複雑化・多様化 キーワードは「情報化」「国際化」
「かながわ教育ビジョン」とは?

少子高齢化や人口減少で社会状況が急速に変化する中、教育を取り巻く環境も複雑化・多様化している。こうした現状に基づき、神奈川県教育委員会は、2007年8月に教育の総合的指針として「かながわ教育ビジョン」を策定した(2015年及び2019年に一部改定)。
その中で、基本理念である「未来を拓く・創る・生きる 人間力あふれる かながわの人づくり」に基づき、「思いやる力」「たくましく生きる力」「社会とかかわる力」の育成を進めている。
具体的にはどのような取り組みを行ってきたのだろうか?
「教育現場においては、異文化を尊重し、豊かなコミュニケーション力の育成を図り、国際社会に対応できる人材を養成するための環境を充実させることに取り組んでいます。例えば県立高等学校5校をグローバル教育研究推進校として指定し、生徒が英語によるコミュニケーション能力を高め、国際的な視野を持ち、多様な価値観を受容できる力の育成に取り組んでいます。また、神奈川県立横浜国際高等学校は、国際バカロレア認定校として、グローバル人材の育成を目指した外国語によるコミュニケーション力の向上に注力しています。さらに、生徒が科学技術・理数に関する興味・関心を高め、将来国際的にも活躍できる科学技術系人材の育成を図るため、県立高等学校4校を理数教育推進校として指定し、その成果の普及にも取り組んでいます」(岡野裕子氏)
子供たちが人生を切り拓いていくためには コミュニケーション力の育成が不可欠
国際化と情報化に対応 できる人材育成を
かつての神奈川県はICTの整備が他県と比べて遅れていた。状況が変化したのは、2019年だ。神奈川県教育委員会は、GIGAスクール構想の開始に先駆け、高等学校でのICTの環境整備を推進し、情報化を促進させた。
「具体的には、すべての県立高等学校に、学習者用の端末とプロジェクター、無線LANと光インターネット回線、生徒と教員用のクラウドサービスのアカウントを整備しました。これを2019年度から3年間継続したことで、端末は各学校で3クラスに1クラス分程度の台数となり、コロナ禍でもオンライン授業にスムーズに移行することができました」(大里有哉氏)
その後、2022年度入学生から新学習指導要領がスタートした。その中でも大きな柱となっているのが「ICT環境整備・活用の充実」だ。その目的は、すべての子供たちの可能性を引き出し、個別最適な学びと協働的な学びを一体化させ、「情報活用能力」を育成することである。
「県立高等学校においては、2022年度の入学生から、保護者負担等による『1人1台端末』を導入しています。また、教職員のICT活用指導力向上も不可欠であるため、指導者用の端末も整備しています。さらに、端末の増加に対応するためのネットワーク整備に加え、2024年度からは各学校の普通教室に大型電子黒板を順次導入しています」(大里氏)
また同委員会は、国際化する社会にキャッチアップできるよう英語教育の強化にも取り組んでいる。
「複雑化・多様化する社会の中で生徒たちに求められるのは、自分の意志で人生を切り拓き、舵取りをしていける力です。そのためには生徒たちが教室で学ぶ意義を理解し、主体的に学習していくことが必要不可欠です。英語教育に関しては、スマートフォンなどの翻訳機能を活用すればすぐに英文の意味を翻訳できるのですが、大切なのは単に外国語を日本語に変換するスキルや、単語の『知識』を増やすことではありません。国際社会を渡り歩いていくためには、むしろ、その場に相応しい発信ができるのか、きちんと相手と対話できるのかといったコミュニケーション力が重要です」(岡野氏)
日本の英語教育に関しては「知識偏重型ではなく、コミュニケーション力の向上に主眼を置くべき」という議論が常にあり、教育現場もその問題意識を持ち続けてきた。しかし、日本人の英語力は非英語圏の中でも相変わらず低いレベルに分類されている。
これから高等学校の教育現場には何が求められるのだろうか?
「子供たちが国際社会に適応していくには、英語教師の役割が非常に重要になってくると考えています。教師は単にこれまでの指導方法を踏襲したり、他校の事例を模倣するのではなく、自校の生徒にとってどんな価値を提供できるのか、どうしたら生徒たちの技能を伸ばせるのかを考え、ビジョンを持たなければなりません。これまでの教師の役割はどちらかといえば、生徒たちに知識を習得させることに偏りがちでしたが、それだといつまで経っても主体的な学びにはつながりません。教師が果たすべき役割は『ファシリテーター』、つまり生徒たちの意見や能力を引き出し、活発なコミュニケーションを生み出すことに変えていく必要があります。そのためには、英語の授業や海外の姉妹校との交流の中で、実践的なコミュニケーションの場を積極的に創っていかなければならないでしょう。県教育委員会としても、ただ現場に任せるだけでなく、『英語教師に何が求められるのか』を発信していくことが重要だと考えています」(岡野氏)
その言葉通り同委員会は、指導主事が英語教師を対象に授業の展開の仕方を説明する機会を設けたり、研修を実施したりして、現場の教師たちが新しい考え方・指導方法をアップデートできるようにしている。
さらには、英語教師を海外に派遣し、教師が得た学びを公開授業等で発信していく取り組みも継続的に実施している。具体的なアイデアや事例を取り入れることで、コミュニケーションが活発に交わされる授業を展開することが狙いだ。
「注意したいのは、指導方法をただ模倣するのではなく、何のためにその方法を採用するのか、目的・趣旨を明確にすることが大切です。英語教師は学習の目的に応じて、適切な方法を選び取る力を養っていかなければならないでしょう」(岡野氏)
今後、同委員会は、文部科学省が実施する「AIの活用による英語教育強化事業」の公募に県内の小・中・高等学校を申請する予定だ。その背景には、英語教育の強化のためには、これまで以上に、小学校から高等学校までの接続・連携が必要であるとの問題意識がある。
成長分野のさらなる人材育成のために 文理横断のDXハイスクールが可能性を広げる
「高等学校DX加速化推進事業」で裾野を広げる

近年、文理融合型のカリキュラムや学部を新設する大学が増加する中、高等学校の段階で、そのニーズに応える人材を育成することが求められている。
こうした現状に対して、2024年度より高等学校が情報・数学に重きを置いたカリキュラムを導入し、ICTを用いて文理横断的・探究的な学びを実施するための取り組みが始まった。それが、文部科学省の「高等学校DX加速化推進事業(以下、DXハイスクール)」である。
「2024年度においては全国で1010校が採択されましたが、その中には神奈川県の県立高等学校20校も含まれています。採択校によって活用の仕方がさまざまなのが、神奈川県立高等学校の特徴だと感じています。補助金の活用法としては、高性能端末や各種
ICT機器の整備に充てるのが一般的ですが、単にこの事業が『機器の購入』で終わることなく、どのように充実した授業に反映されていくのかを見守りたいと思っています」(大里氏)
2024年度のDXハイスクールの補助上限額は各学校1000万円である。では、採択された20校ではどのような取り組みが行われているのか。その事例を紹介しよう。
全日制普通科の高等学校である生田東高等学校は、2022年度から2024年度までの期間、神奈川県から「ICT利活用授業研究推進校」の指定を受けたことに加え、2023年度には文部科学省から「生成AIパイロット校」の指定を受けた。同校ではICT利活用授業研究推進校としてタブレット端末等のICT機器を活用し、課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習に取り組んでいる。また、生成AIパイロット校として情報Ⅰのコンピュータとプログラミングの単元において生成AIを用いた授業を行い、AIを使ったゲーム制作についても実践していた。こうした状況を踏まえ、DXハイスクールでは情報処理室の一部をラボ教室とし、高性能端末を設置してゲーム制作や動画制作、デジタルコンテンツの制作など、多様な授業展開に対応できるようにしている。同校では、「探究する姿」「協働する姿」「自ら学びを調整する姿」という3つの姿を育成することを目標とし、カリキュラムや環境を整備することで、生徒一人一人が自らの特性に応じたデジタル人材として活躍できることを目指している。
2024年4月に厚木東高等学校と厚木商業高等学校が再編・統合されて開校した厚木王子高等学校は、普通科と総合ビジネス科を併置することで、実社会を生き抜く力を育むための幅広い学びの実現を図っている。総合ビジネス科では、デジタル学習コンテンツの充実を目指し、生成AI、AI顔認証システム、ドローン、eスポーツ、ネットワーク構築、DX創業など、さまざまな分野を網羅している。こうした専門的なデジタル教育を実施するにあたり、外部の専門講師を招聘している。こうした費用もDXハイスクール事業の活用で運用することが可能だ。
単に自校だけで補助金を活用するのではなく、地域にその恩恵を広く提供している学校もある。西湘高等学校はそのうちの1校だ。同校は2005年度から2017年度まで文部科学省から「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」、2016年度には神奈川県から「プログラミング教育研究推進校」に指定された学校で、今回のDXハイスクール事業ではVRゴーグルなどのICT機器を活用した授業の計画を進めている他、地域の企業と提携して外部講師を招き、地元の中学生を対象にしたVRや
IoT、ドローンに関する公開講座や体験会を実施している。
大里氏は2024年度の採択校の活用事例について、次のように述べる。「DXハイスクール事業の用途は採択校によってさまざまです。神奈川県教育委員会としても、申請方法や補助金活用に関する情報提供は行うものの、基本的には各学校が実現したいことを尊重したいと考えています。一例として、学校単独では導入が難しい高性能機器の設置や、専門的な講義の実現にDXハイスクール事業を活用いただくことで、生徒のICTへの興味が培われるのではないかと感じています。それが結果として、大学や専門学校への進学、国際化・情報化に適応できる人材の育成にもつながるのではないでしょうか。また、西湘高等学校の事例のように、ICT機器を設置した高等学校が、中学生や小学生も訪れることができるような地域の『学びの場』になれば嬉しいです」(大里氏)
DXハイスクール事業はデジタル技術を教育に取り入れることで、教育の質を向上させ、現代社会で必要なスキルを育成することを目的の1つとしている。また、デジタル化によって学びを個別化・多様化し、生徒の主体的な学習を支援することを目指している。神奈川県教育委員会は「かながわ教育ビジョン」に照らし合わせ、これまで重要視してきた「国際化」と「情報化」をDXハイスクール事業を通じてより一層深化させるために、県内の各高等学校や先生方への支援を通じてこれからも学校現場に寄り添って伴走していくであろう。