大学に求められる「学士課程教育」とは…

― 中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』を考察 ―

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 文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会(以下、中教審)が、平成20年12月に答申した『学士課程教育の構築に向けて』(以下、『学士課程答申』)には、喫緊の課題とされる、教育の質保証や、国際的通用性を備えた大学像が具体的に述べられており、大変重要かつ貴重な答申書である。
現在、大学では、それぞれに教育改革を行っており、本答申内容が指針となるケースも少なくないと思われる。
ここでは、大学を取り巻く昨今の状況も加味しながら、意義ある答申内容を考察してみよう。

なぜ「学部教育」でなく、「学士課程教育」なのか?

 中教審が平成17年1月に答申した『我が国の高等教育の将来像』(以下、『将来像答申』)において、「現在、大学は学部・学科や研究科といった組織に着目した整理がなされている。今後は、教育の充実の観点から、学部・大学院を通じて学士・修士・博士・専門職学位といった学位を与える課程(プログラム)中心の考え方に再整理していく必要がある」と提言。
『学士課程答申』では、この提言を踏まえ、我が国において、学士課程教育を構築するには、学部・学科等の縦割りの教学経営が、学生本位の教育活動の展開の妨げになっているとして、是正を強く求め、学部段階の教育を「学士課程教育」と称している。
また、学士課程教育の目的については、職業人養成にとどまるものではない。自由で民主的な社会を支え、その改善に積極的に関与する市民や、生涯学び続ける学習者を育むこと、知の世界をリードする研究者への途を開くことなど、多様な役割・機能を担っている。各大学は、このことを踏まえて、自主性・自律性を備えた教育機関として、学士課程を通じて学生が修得すべき学習成果の在り方について、さらに吟味することが求められると述べている。

大学改革の「進展」と「懸念」

 これまでの、様々な規制緩和、大学間の競争的な環境づくりによって、大学の個性化・特色化は着実に進んできたという。
具体的には、大学運営システムの改革(国立大学の法人化、公立大学法人制度の導入、学校法人制度の改善等)、大学の質保証のための制度改革(設置認可の弾力化と第三者評価制度の導入等)、国公私立大学を通じた優れた教育研究活動(GP:Good Practice)への重点的支援、などである。
しかし、一方では、「大学とは何か」という問題意識が希薄化し、ともすれば目先の学生確保の必要性が優先される傾向がある中、我が国の大学、学位が保証する能力の水準が曖昧になることや、学位そのものが国際的な通用性を失うことへの懸念も強まってきている。
また、我が国の大学の大きな問題の一つは、教育内容・方法、学修の評価を通じた「質の管理が緩い」ということである。そうした幣を放置すれば、我が国の学士課程教育の質は、大きく低下し、国内外からの信用を失う危機に晒されよう。質の維持・向上に向けた努力を怠り、社会からの負託に応えられない大学があるならば、今後、その淘汰を避けることはできない、と断じ、警鐘を鳴らしている。
まさに各大学には、真摯な、真剣な対応が求められるところである。

改革に最も重要な「三つの方針」

 今後、改革にあたり、最も重要なのは、各大学が、教学経営において、「学位授与の方針」、「教育課程編成・実施の方針」、「入学者受入れの方針」の三つの方針を明確に示すことであると提言している。
この三つの方針は、『将来像答申』で言及された「ディプロマ・ポリシー」、「カリキュラム・ポリシー」、「アドミッション・ポリシー」にそれぞれ対応している。

 さっそく、本論とも言うべき、三つの方針に対する提言を考察したい。
なお、それぞれの方針には、「大学に期待される取組み」と「国によって行われるべき支援・取組み」とに整理され、具体的な改善方策が示されている。ここでは、誌面の都合上、主なものを取り上げることとする。

I.学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー)

 「幅広い学び等を保証し、21世紀型市民(※)にふさわしい学習成果の達成を」とサブタイトルが付いている。いわゆる、「卒業時・出口」における方針である。

※《21世紀型市民》
専攻分野についての専門性を有するだけでなく、幅広い教養を身に付け、高い公共性・倫理性を保持しつつ、時代の変化に合わせて積極的に社会を支え、あるいは社会を改善していく資質を有する人材をさす。

現状と課題

 今日の大学教育の改革は、国際的には、学生が修得すべき学習成果を明確化することにより、「何を教えるか」よりも「何ができるようになるか」に力点が置かれている。海外の主要国では大学や評価機関においても、学生の修得すべき学習成果を重視した取組みを進めており、それぞれの機関の個性や特色を踏まえ、「学位授与の方針」等を具体化している、と昨今の国際的な動向を示し、日本の大学が抱える課題について、次のように述べている。
個々の大学が掲げる教育研究上の目的や建学の精神は、総じて抽象的であり、学士課程で学生が身に付けるべき学習成果を具体化・明確化していこうとする動向に照らしても曖昧であると言わざるを得ない。したがって、「学位授与の方針」として教育課程の編成・実施や学修評価の在り方を律するものとは十分になり得ていない。
我が国の学士課程教育は、かねてから入難出易と評され、評価の厳格化が求められてきたが、進学率が上昇し続け、大学全入に至ろうとする今日、入学生の約8割が修業年限で卒業し、卒業までに退学するものは1割程度にとどまるという状態に目立った変化はない。日本は最も大学生の修了率が高い国となっている。
大学全体の多様化は大いに進んだものの、学士課程あるいは各分野の教育における最低限の共通性があるべきではないかという課題は必ずしも重視されなかった。例えば、学位に付記する専攻分野の名称は年々多様化し、その種類は、平成17年度時点で約580に達する。その名称の約6割は、当該大学のみで用いられている。このように過度に細分化された状態が、真に学問の進展に即したものなのか、学生の学習成果を表現するものとして適切なのか、能力の証明としての学位の国際的通用性を阻害するおそれはないのか、懸念を持たざるを得ない。

改革の方向

 学生の学習成果を重視する観点から、各大学では、「学位授与の方針」や教育研究上の目的を明確化し、その実行と達成に向けて教育活動を展開していくことが必要となる。
学習成果の目標については、21世紀型市民としての幅の広さや深さを持つものとして設定することが重要であるとしている。
国としては、大学の取組みを支援していくとともに、個別大学の取組みを支える基盤として、分野を横断し、さらには各分野にわたり、学位の水準の具体的な枠組みづくりを促進していくことが極めて重要となると提言。分野横断的に、学士課程教育が共通して目指す学習成果を「学士力」とし、「学位授与の方針」等の策定に向けた参考指針として位置づけている。

具体的な改善方策

【大学に期待される取組み】

■大学全体や学部・学科等の教育研究上の目的、「学位授与の方針」を定め、学内外に対して積極的に公開する。その際、抽象的な記述にとどまらず、学生に身に付けることが期待される学習成果を重視する観点から、具体的で明確なものとなるよう努める。
■学生の学習到達度を的確に把握・測定し、卒業認定を行う組織的な体制を整える。
■学位に付記する専攻分野の名称については、学問の動向や国際的通用性に配慮して適切に定める。類例がなく定着していない名称は避けるよう努める。

国によって行われるべき支援・取組み】

◆国として、学士課程で育成する21世紀型市民の内容(日本の大学が授与する学士が保証する能力:学士力の内容)に関する参考指針を示すことにより、各大学における「学位授与の方針」等の策定や分野別の質保証の枠組みづくりを促進・支援する。分野別の質保証の枠組みづくりについては、日本学術会議との連携を図りつつ、促進する。
◆学習成果の測定・把握や、学習成果を重視した大学評価の在り方等の調査・研究を行う。
◆学位に付記する専攻名称の在り方について、一定のルール化を検討するとともに学問の動向や国際的通用性に照らしたチェックがなされるようにする。ルール化の検討にあたっては、日本学術会議や学協会等との連携協力を図る。

 文部科学省は、平成20年5月、分野別の質保証の枠組みづくりについて、日本学術会議に審議依頼を行った。日本学術会議は、これを受けて検討委員会を設け(平成20年6月〜平成23年3月末日)、人文・社会科学および自然科学の全分野に関する枠組みづくりを行っている。
また、社団法人私立大学情報教育協会(私情教)では、協会の機関誌『大学教育と情報』平成21年12月刊行において、分野別教育の委員会、加盟校の教員800名以上からの意見をもとに、各分野で「最低限身に付けるべき固有の学習成果」をとりまとめ、「学士力考察の報告(提言)」として公表した。分野は、英語学教育をはじめ、コミュニケーション関係学教育、社会福祉学教育、統計学教育、生物学教育、機械工学教育、情報通信系教育、栄養学教育等、27分野にわたっている。取りまとめの経緯、方針、取り扱いについての詳細は、左記の社団法人私立大学情報教育協会サイト『本協会による分野別教育「学士力考察」の報告・提言について』にて参照願いたい。

http://www.juce.jp/gakushiryoku/2009/index.html

II.教育課程編成・実施の方針(カリキュラム・ポリシー)

 「学生が本気で学び、社会で通用する力を身に付けるよう、きめ細かな指導と厳格な成績評価を」とのサブタイトルが付いている。「学びの本体」に位置する最も重要な方針である。ここでは細分化して、(1)教育課程の体系化、(2)単位制度の実質化、(3)教育方法の改善、(4)成績評価の四点に分けて述べられている。

(1)教育課程の体系化

現状と課題

 学士課程の教育課程については、科目内容・配列に関して個々の教員の意向が優先され、必ずしも学生の視点に立った学修の系統性や順次性などが配慮されていない、学生の達成すべき成果目標が組織として不明確である、などと、カリキュラムを巡る課題が指摘されてきた。個々の科目についても、その目標や、内容・水準が判然とせず、単位の互換性や通用性の面でも、支障が生じかねない。多様な科目から場当たり的な選択がなされる、あるいは中核となる科目の位置づけが曖昧であるならば、学生の学びは、狭く偏るか、逆に散漫になり、学生の到達すべき学習成果として想定していたものは達成されないと断じている。
また、目的意識の希薄化、学習意欲の低下等、学生の多様化により、大学側の対応は難しさを増している。最終的には、課題探究能力という高等教育にふさわしい高次の目標の達成に努める必要があるものの、基礎的な読解力や文章表現力などを修得させることや、目的意識を持たせ、学習意欲を喚起する観点から、地域や産業界との連携を深め、外部人材の積極的な参画を得たり、質の高い体験活動の機会を設けたりするなど、開かれた教育活動を推進することも有意義であると述べている。

 大学設置基準の大綱化以降、科目区分、必修教科などの見直しが急速に進展。学部・学科等の改組が活発に行われ、学位の専攻分野の名称と同様、多様な名称の学部・学科が登場するようになった。こうした組織改変等の中では、現代的な課題に即した学際的な取組みを目指した動きが目立つようになってきたという。
この10年間で実施率が大きく伸びた科目・内容として、情報教育科目、文書作成の訓練、ボランティア活動、インターンシップ、大学外の教育施設等における学修の単位認定などを挙げており、こうしたカリキュラム改革の進展で、学生の選択幅が広がってきたとしている。
大綱化以降、分野による相違はあるものの、全般的に次のような傾向が見られるという。
(1)教育課程の中で専門教育の比重が増している。具体的には、基礎教育や共通科目の履修単位の減少と専門基礎教育の組込みが見られる。専門職業との結び付きの強い学部(例:医療、家政、芸術系)では、専門教育の早期化や高度化が生じている。
(2)共通科目や基礎教育において、外国語能力や情報活用能力など、スキルの訓練に関する教育に比重が大きくなっている。
(3)初年次教育や補習教育、資格取得支援、就職支援、インターンシップなどが様々な形で教育課程内外に位置づけられる例が増えつつある。
(4)学際的な教育活動について、関連する学問の知識体系(ディシプリン)に関する基礎教育が必ずしも十分になされていない。
(5)人文系、社会系などの学部は、基礎教育や自由選択の比重が高いこともあって、専門教育の学際化が進んでいる。

 学生の変化や社会的ニーズに柔軟に応えようとする、各大学の努力が見られるものの、その努力が、学士課程教育本来の姿を実現し、教育水準の維持・向上に寄与しているとは言い切れないと結んでいる。

改革の方向

 開設科目の種類と内容が多様でも、それが「学位授与の方針」や「教育課程編成・実施の方針」と遊離せず、学生が体系的に履修できることが肝要である。
また、多くの学生が、入学時に学科等への所属を決定しているが、これにより、共通教育や基礎教育の後退傾向や専門教育の早期化を招き、学生の学びの幅を早期から狭めてしまうことが懸念される。
同年齢の若年人口の過半数が高等教育を受けるというユニバーサル段階においては、自己決定力の未熟な学生も目立つ中、入学してから時間のゆとりを持って専門分野を選択、あるいは柔軟に変更できる仕組みづくりも検討課題とすべきであると述べている。
大学設置基準の大綱化により、国立大学を中心に、基礎教育や共通教育の担い手であった教養部が改組され、その多くが廃止された。その結果、個々の教員には、研究活動や専門教育を重視する一方、基礎教育や共通教育を軽んじる傾向も否めないと指摘。各大学には、基礎教育や共通教育の望ましい実施・責任体制について、改めて取り組むことを求めている。

具体的な改善方策
【大学に期待される取組み】

■学習成果や教育研究上の目的を明確化した上で、その達成に向け、順次性のある体系的な教育課程を編成する(教育課程の体系化・構造化)。
■英語等の外国語教育において、バランスのとれたコミュニケーション能力の育成を重視するとともに、専門教育との関連づけに留意する。TOEFLやTOEICなどの結果に基づいて単位認定を行う場合、大学にふさわしい水準か、単位数が適当か等を吟味する。
■個別大学の枠を超えて、地域の実情に応じて、大学間や地域の諸団体との連携・協同を強化し、学生に対する教育 内容を豊富化する。

【国によって行われるべき支援・取組み】

◆個性や特色ある教育課程に関する優れた実践に対し、積極的に支援するとともに、そのための体制を整備する。
◆大学間の連携強化に向けた取組みを支援し、共同プログラムの開発、単位互換等を促進する。
◆国公私の設置形態の枠組みを超えて、複数の大学が、共同で教育課程を編成・実施し、修了者に対して連名で学位授与を行うことができる教育課程の共同実施制度を創設し、その普及を図る。
◆産学間の対話の機会を設け、インターンシップの推進に向けた理解の増進などの環境整備を進める。

(2)単位制度の実質化

現状と課題

 アメリカなどの諸外国と同様、我が国の大学教育のシステムは、単位制度を採用しており、この的確な運用は、教育の質の維持、国際的な通用性の確保の観点から不可欠である。
我が国の単位制度は、授業時間外に必要な学修等を考慮して、45時間相当の学修量をもって1単位と定めており、諸外国と比較して低いわけではない。しかしながら、総務省の平成18年度の調査によると、学内外を通じた学習時間(土日を含む一日平均)は、3時間30分であり、国際的な比較からも短く、単位制度の趣旨を踏まえて運用されているとは言い難い。
単位制度の実質化の必要性は、これまでも指摘され、改善策が提言されている。
文部科学省の平成18年度の調査では、例えば、9割以上の大学が、すべての授業科目のシラバスを作成しているとの結果が出ているものの、「準備学習等についての具体的な指示」を盛り込んでいる大学は約半数にとどまっており、学生が必要な準備学習を行ったり、教員がこれを前提とした授業を実施する環境にないことが懸念されるという。

改革の方向

 単位制度の国際的な通用性の観点から、学習時間の実態を国際的に遜色ない水準にすることを目指して、単位制度の実質化に向けた総合的な取組みを求めている。

具体的な改善方策
【大学に期待される取組み】

■自己点検・評価活動の一環として、学習時間等の実態を把握し、単位制度の実質化の観点から、教育方法の点検・見直しを行い、質の向上を図る。
■学部・学科等の目指す学習成果を踏まえて、各科目の授業計画を適切に定め、学生等に対して、明確に示すとともに、必要な授業時間を確保する。

【国によって行われるべき支援・取組み】

◆各大学の自己点検・評価の一環として、学習時間の現状把握を行い、教育改善に生かすように促す。
◆シラバスの内容(準備学習の内容や目安となる学習時間等についての具体的な指示を含む)を調査し、各大学における単位制度の実質化に向けた取組みを把握する。

(3)教育方法の改善

現状と課題

 学習意欲や目的意識の希薄な学生に対して、どのような刺激を与え、主体的に学ぼうとする姿勢や態度を持たせるかは、極めて重要な課題である。
学士力の育成には、既存の知識の一方的な伝達だけでなく、討論を含む双方向の授業を行うことや、学生が自ら研究に準ずる能動的な活動に参加する機会を設けることが不可欠であると述べている。

改革の方向

 教育方法としては、学生の主体的な参画を促す授業となっているか、授業以外の様々な学習支援体制が整備されているか、学内にとどまらず、積極的に体験活動を取り入れているか、などについて、改めて点検・見直しを求めている。
教育環境の面では、少人数指導の推進、支援スタッフや情報通信技術等の活用、豊かな課外活動や自習を可能とする施設・設備の整備など、双方向性を確保した教育システムが欠かせない。この点で、国際競争力を有するアメリカの大学との懸隔は大きく、教育投資の大幅な拡大が望まれると結んでいる。

具体的な改善方策
【大学に期待される取組み】

■学習の動機づけを図りつつ、双方向型の学習を展開するために、講義そのものを魅力あるものにするとともに、体験活動を含む多様な教育方法を積極的に取り入れる。
■TA(ティーチング・アシスタント)等を積極的に活用して、双方向型の学習や少人数指導を推進する。
■教育研究上の目的に即して、情報通信技術を積極的に取り入れ、教育方法の改善を図る。
的確な授業設計を行った上で、例えば、次のような取組みについて検討する。
・ ビデオ・オン・デマンド・システム等、eラーニングの活用による遠隔教育
・学習管理システム(LMS:Learning Management System)を利用した事前・事後学習の推進
・ 教室の講義とeラーニングによる自習の組合せ、講義とインターネット上でのグループワークの組合せ(いわゆる「ブレンディッド型学習」)の導入
・ 携帯端末を活用した学生応答・理解度把握システム(いわゆる「クリッカー技術」)による双方向授業型の展開

【国によって行われるべき支援・取組み】

◆少人数指導の推進や情報通信技術の活用などに必要な施設・設備の整備を含め、教育方法の改善に向けた優れた実践を支援する。
◆学生に対して特に刺激を与える体験活動として、諸外国の大学との間の短期留学の派遣・受入れを積極的に推進する。

 アメリカをはじめとした欧米の多くの大学においては、「eラーニングの活用による遠隔教育」、「LMSを利用した学習の推進」、「ブレンディッド型学習」、「クリッカー技術を活用した双方向型の授業」のいずれもがよく利用されている。
今後、日本のそれぞれの大学が、国際的通用性を高めていく上でも、大変重要な要件になることと思われる。

(4)成績評価

現状と課題

 個々の教員の裁量に依存しており、組織的な取組みが弱いと指摘されてきた。
従来のままでは、大学全入時代の変容に際し、学生確保という経営上の要請も相まってなし崩し的に安易な成績評価が広がるおそれがあると懸念されている。
卒業認定における評価の厳格化も大きな課題であるという。

改革の方向

 教員間の共通理解の下、各授業科目の到達目標や成績評価基準を明確化するとともに、客観的な評価システムを導入し、組織的に学修の評価にあたることが強く求められる。
評価にあたっては、多様な活動の成果を評価する観点から、学生の学修履歴等の記録と自己管理のためのシステムを開発することは、学習成果を重視した評価の条件整備として重要であると述べている。

具体的な改善方策
【大学に期待される取組み】

■教員間の共通理解の下、成績評価基準を策定し、その明示について徹底する。
■学生が、自らの学習成果の達成状況について整理・点検するとともに、これを大学が活用し、多面的に評価する仕組み(いわゆる「学習ポートフォリオ」)の導入と活用を検討する。
■国際性を特色とする大学においては、外国語コミュニケーション能力の評価を厳格に行う。例えば、TOEFLやTOEICなどの検定の結果を活用する。

【国によって行われるべき支援・取組み】

◆徹底した出口管理、成績評価の厳格化について、先導的に取組んでいる大学に対して支援を行う。
◆成績評価の在り方に関して、対外的な信頼を確保する上で、最低限共通化すべき事柄は何かを検討し、適切な対応をとる。

III.入学者受入れの方針(アドミッション・ポリシー)

 いわゆる「入学時・入口」である。「高等学校段階の学習成果の適切な把握・評価を」とサブタイトルにあるように、入学者の選抜方法のみならず、高等学校との連携も重要なポイントである。したがって、(1)入学者選抜(2)初年次における教育上の配慮、高大連携に分けてまとめられている。

(1)入学者選抜

現状と課題

 入学をめぐって激しい競争が行われる選抜性の強い大学が一部に存在する一方で、私立大学の47%(平成20年度)は、入学定員を充足できず、また、合格率が90%以上という大学も100校以上存在する。このように、大学の入学者確保をめぐる状況が二極化しているが、総じて大学への入学が容易となってきている。
これまでの大学進学をめぐる競争は、入学者全体の学力水準を維持・向上させ、高等学校教育の質の保証や大学教育の入口の質を保証する機能を一定程度果たしてきたことは否定できない。しかし、いわゆる大学全入時代においては、多くの大学において、大学入試の選抜機能が低下し、入試によって入学者の学力水準を担保することが困難な状態になりつつある。

 また、推薦入試やAO入試は、大学進学者は一定の学力を有しているとの前提の下、必ずしも学力検査を課さない形態で普及しており、学力検査を伴う大学の一般入試の割合は56%(平成20年度)まで低下した。
高等学校段階の学習成果を記した重要な資料である調査書の活用状況を見ると、高等学校の教科・科目の評定平均値を出願要件としているのは、推薦入試・AO入試の実施学部のうち、それぞれ7割・1割にとどまっており、こうした実態も推薦入試・AO入試をめぐる懸念を強めていると危惧している。

 さらに、高等学校と大学の接続については、必ずしも十分に行われているとは言えないと述べ、高等学校、大学それぞれの学校段階において、一人ひとりの生徒や学生に対し、学力を客観的に把握する指標を活用し、そこで得られた情報を高等学校と大学間で共有することにより、教育の質を保証する新たな仕組みを構築していくことが望まれるとしている。

改革の方向

 各大学の入試の在り方、高等学校での履修状況や評価の在り方がますます多様化してきている。ユニバーサル段階、大学全入時代を迎え、大学が選抜する時代から、大学と進学希望者とで相互選択する時代に移っている。両者の希望、ニーズのマッチングを図りながら、ともすれば抽象的とされる「入学者受入れの方針」の明確化を求めている。
教育の質を保証する観点から、単に個別の学校の努力のみに委ねるのではなく、システムとして、高等学校と大学との接続の在り方の見直しを求めている。

 高等学校および大学の関係者が緊密に連携を図り、前述の点を踏まえた新たな枠組みづくりに向けた主体的な議論を進めていくことを期待したいと述べている。
その際、中教審が審議にあたって基礎資料の一つとした「高等学校と大学との接続に関するワーキンググループ」の『議論のまとめ』(平成20年1月)を踏まえ、以下の「具体的な改善方策」を進めていくことを望みたいとしている。
『議論のまとめ』の中で提言している「高大接続テスト(仮称)」に関しては、学力を客観的に把握する方法の一つとして一定の意義があると考えられる一方、高等学校教育の在り方との関係上、留意すべき点も種々あることから、高等学校および大学関係者の十分な協議・研究が行われることを期待している。

具体的な改善方策
【大学に期待される取組み】

■大学と受験生とのマッチングの観点から、「入学者受入れの方針」を明確化する。その際、求める学生像等だけでなく、高等学校段階で習得しておくべき内容・水準を具体的に示すように努める。
■推薦入試やAO入試については、それぞれの意義を踏まえ、「入学者受入れの方針」との整合性を確保しつつ、適切に実施する。
■高等学校との接続をより密にする観点から、求める資料の多様化や適切な活用を進める。例えば、高等学校での学習状況に関する資料として、どのような情報を欲しているかをあらかじめ明示し、当該情報の調査書への記入や、関連資料(主体的な学校外活動の成果の記録や、様々な学習活動に関して 整理した記録等)の添付を高等学校あるいは受験生に求めるようにする。

【国によって行われるべき支援・取組み】

◆「入学者受入れの方針」のさらなる明確化や具体化などについて、各大学の取組みを促す。
◆推薦入試やAO入試について、その基本的な留意点を明確化して周知する。
◆高等学校段階の学力を客観的に把握・活用できる新たな仕組みづくりについて、高大接続の観点からの取組みを進める。[高等学校段階での学力を客観的に把握する方法の一つとして、高等学校の指導改善や大学の初年次教育、大学入試などに高等学校・大学が任意に活用できる学力検査(「高大接続テスト(仮称)」に関し、高等学校・大学の関係者が十分に協議・研究するよう促す]
平成21年度のデータによる、私立大学の入学定員割れは、前年を0.6ポイント下回り、46.5%、265校にとどまり、推薦入試・AO入試での入学者は、過半数を超えて50.8%を記録し、一般入試での入学者48.6%を上回った結果が出ている。定員割れの改善は、推薦入試・AO入試での入学者増が影響しているとも考えられる。
「高大接続テスト(仮称)」については、「高大接続テスト(仮称)協議・研究委員会」が平成20年10月に設置され、現在、「高大接続を円滑にするために、高等学校段階での学習内容毎の到達度を測る目標準拠型テスト」を想定し、調査・研究中。平成22年秋に文部科学省に報告の予定である。

(2)初年次における教育上の配慮、高大連携

現状と課題

 入学者選抜をめぐる環境変化、高等学校での履修状況や入試方法の多様化等を背景に、入学者の在り方も変容しており、総じて、学習意欲の低下や目的意識の希薄化などが顕著となっている。大学教員を対象とする調査によれば、6割を超える教員が「学力低下」を問題視し、特に論理的思考や表現力、主体性などの能力が低下していると指摘している。また、大学1年生を対象とした調査結果によれば、大学の授業に「ついていけない」、大学で「やりたいことが見つからない」等の回答が相当の割合を占めている。
こうした実態を踏まえ、高等学校での履修状況に配慮した取組みを多くの大学で行うようになってきている。とりわけ、近年では、補習・補完教育が広がりを見せつつあり、平成18年度の文部科学省の調査では、約3割の大学で補習・補完授業が実施されていると述べている。
また、高等学校と大学との接続の場面においては、高等学校と大学との連携により、教育内容や方法等を含めた全体の接続が図られていくことが重要である。しかしながら、高大連携の取組みの現状としては、いまだ散発的な状態にとどまっていると指摘している。

改革の方向

 補習・補完教育の広がりを安易に是とすることはできないが、大学として、自らの判断で受入れた学生に対して、その教育に責任を持って取組むことは当然であり、必要に応じて補習・補完教育や初年次教育等の配慮を適切に行っていかなければならない。
高大連携の一層の推進にあたっては、個々の大学が、学生募集の観点から実施するだけでは、その普及・深化を十分に図ることはできない。大学間の協同による教育の提供など、その実質化に留意する必要があると述べている。

具体的な改善方策
【大学に期待される取組み】

■学習の動機づけや習慣形成に向けて、初年次教育の導入・充実を図り、学士 課程全体の中で適切に位置づける。
■大学や学生の実情に応じて、補習・補完教育の充実を図る。

【国によって行われるべき支援・取組み】

◆初年次教育や高大連携などに関する優れた実践に対して支援する。
◆補習・補完教育の充実のため、eラーニング型のシステム開発、大学間の連携による教材開発を支援する。

 「学力低下」の波紋は、多くの大学に大変大きな影響を及ぼしている。「補習・補完教育」は、一般に「リメディアル教育」と呼ばれ、「日本リメディアル教育学会」も存在しているが、それほど深刻な事態と言えよう。早期の対応が望まれる。

 「学士課程教育の構築」には、随所に課題が山積であるが、次代を担う大学生ための大変重要な教育課程であり、それぞれの大学がこの難題を乗り越えて、国際的通用性の高い大学として実現されることを願いたい。

 なお、ここでは、大学の入口から出口までの「学士課程教育における方針の明確化」に焦点をあてて考察したが、答申には、「教職員の職能開発」「質保証の仕組みの強化」「財政支援」に関する提言もなされている。詳細については、左記の文部科学省サイト「学士課程教育の構築に向けて(答申)」にてご覧いただきたい。
http://www.mext.go.jp/b_menu/_x0003_shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1217067.htm

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