公開日:2015/4/10

動き出した”次世代”の学習指導要領

東北大学大学院 情報科学研究科 堀田龍也 教授

何がどう変わるのか? 今なすべきこととは…

2014年11月、下村博文文部科学大臣から、中央教育審議会(中教審)に『初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について』の諮問がなされた。
これを受けて、中教審では、2020 年に予定されている新たな学習指導要領の改訂を含めた、具体的な議論がスタートした。
さて、次の学習指導要領では、何が変わるのか?
「今回の諮問は、歴史的に見ても革新的な内容」と語る、東北大学大学院情報科学研究科の堀田龍也教授に、本諮問の内容を傍らに、どう変わるのか、今どうすべきかについて伺った。

「枝葉」でなく、「根幹」に目を向けよう!

 「次の学習指導要領では、小学校高学年で英語が教科化される」「タブレット端末が入ってくる」などと、話題性が高いことから、新聞やテレビでもよく取り上げられ、先生方はそれを耳にして驚いたり、不安になったりしているようです。

 しかし、こういった話題性の高いトピックに目を奪われ、一喜一憂するのはよくありません。もっと本質に目を向けましょう。そもそも教育政策は、「根幹」となる考え方や動向がまず定まって、それを具現化する方法として、英語の教科化やタブレット端末の導入といった具体的な施策である「枝葉」がついてくるのです。「根幹」を知らずして「枝葉」にばかり注目していると、本質を見失い、望まれている実践ができないし、効果も上がりません。

 その「根幹」の部分が、先日姿を現しました。文部科学大臣が中教審に対して行った、『初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について』の諮問がそれです。この諮問を受けて、早ければ2016年末、遅くても2017年度には中教審が答申を行い、次の学習指導要領の策定に入ります。そして2018年には、次の学習指導要領への移行措置が始まり、2020年には全面実施される予定です。

学習指導要領改訂の「理由」

 では、諮問にはどんな内容が盛り込まれているか。諮問ではまず冒頭で、今後、社会がどう変化していくかについて触れ、そのためにはこんな能力が必要になってくると考察し、だから今回の諮問に至ったと「理由」を述べた上で、これから中教審が審議を進めていく上での「三つのポイント」を挙げています。実際に見てもらえばわかりますが、諮問に至った「理由」については、かなり長く書かれています。

 「理由」では、今の子どもたちが大人になる頃、日本は「厳しい挑戦の時代を迎える」と明言されています。グローバル化や技術革新によって社会は大きく変化する。この変化を乗り越えていく力を、身につけさせる必要があるとされています。

 では、どんな力が必要になってくるのか。最初に断っておきますが、今まで培ってきた能力が不要になるわけではありません。現行の学習指導要領では、基礎的な知識・技能の習得と、それを活用することによる思考力・判断力・表現力の向上を進めてきましたが、これは次世代の学習指導要領でも変わりません。

 それに加えて、今後は新たな能力も求められてきます。その一つが、他者と「協働」する力です。一人ひとりの知識や能力には限りがあります。自分にはない知識や能力を持った他者と支え合い、補い合って「協働」していくことが求められます。「協働」するためには、コミュニケーション能力やチームワーク、リーダーシップといった力が必要ですし、他者を思いやり、配慮するやさしさも求められるでしょう。

 他者と「協働」するには、まず自分がしっかり「自立」することが必要です。自分の考えや個性や能力を明確に持ち、自ら主体的に学んでいく。そうやって「自立」した上で、自分とは違う「自立した他者」の存在も尊重しつつ、かといってひるむことはなく、時には意見を戦わせ、時には妥協し、時には譲歩し合いながら、「協働」していく。今後は、この「自立」と「協働」する力が求められます。
こういった力は、小・中・高そして大学と連携して鍛えていくことになります。大学ではすでに、「自立」と「協働」両方の学習が出てきています。たとえば、今話題の「MOOCs(ムークス)」(Massive Open Online Courses)もその一例。これは、ネット上で誰もが無料で受講できる、大規模な、開かれた講義のこと。今まで座学で教えていたような基礎的な講義は、映像化・アーカイブ化し、MOOCsで学べるようにする。学生は自分のペースで「自立」的に学んでおく。そして、集合学習型の講義において、そこで身につけた知識を使って、議論や問題解決などの「協働」学習を行う。大学は、限られた予算と人材で、多様で質の高い教育を提供しなければなりませんから、今後は、基礎的な事柄はMOOCsで学び、講義では協働学習を行うように変わっていくと思います。

 こういった「自立」と「協働」の力を持っているかどうかを、従来の入試で判定するのは不可能です。そこで、昨年12月、中教審は新たな大学入試制度についての答申をしています。

 新しい入試制度では、現行のセンター試験を2019年度に廃止し、2020年度から、教科・科目の枠を超えた思考力・判断力・表現力を評価するための新テスト『大学入学希望者学力評価テスト(仮称)』が導入されます。また、高校段階の知識・技能の習得を重視した、基礎学力を評価する新テスト『高等学校基礎学力テスト(仮称)』も検討され、2019年度から行われます。さらには、問題解決型のテストや、情報活用能力そのものを問うようなテストも行われるでしょう。

 今までは、大学入試が知識偏重だったため、小・中・高の教育も受験を意識して知識偏重に流れていました。しかし、その大学入試が抜本的に変わります。次世代の学習指導要領も、大学入試が変わるという前提で審議されます。

出典:文部科学省「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」参考資料より

ポイント1授業方法の見直し

 こういった背景を踏まえた上で、「三つのポイント」を中心に審議してくださいと、文部科学大臣から中教審に諮問がなされました。

 第一のポイントは、「授業方法の見直し」です。今までの学習指導要領は「何を教えるか」は書かれていましたが、「どう教えるか」「どう評価するか」は明記されていませんでした。先生や学校の裁量に任されていたのです。

 しかし昨今は、国が「どう教えるか」「どう評価するか」の観点を重視する傾向が出てきています。たとえば、『全国学力・学習調査状況』もそうです。テストによって学習指導要領に明記された学習内容をしっかりと身につけているかどうかを判定することで、結果的に「こういう問題を解ける力を育んでください」と、先生方に評価基準を伝えています。

 このような傾向を踏まえて、次世代の学習指導要領では「どう教えるか」「どう評価するか」について言及します。たとえば、この学年のこの単元では、ICTや図鑑、インタビューなど、さまざまな手段で情報を集め、グループで相談して情報を整理・分析し、みんなでプレゼンをまとめて、発表させるというように、「どう教えるか」を示します。さらにその際には、情報を自分で探す力、分類する力、プレゼンで表現する力や、チームワークを発揮する力などを鍛え、評価しましょうと、「どう評価するか」についても学習指導要領で示します。

 断っておきますが、今までの一斉授業がなくなるわけではありません。習得に関しては、今の学習指導要領に書かれているように、電子黒板やプロジェクターなどのICTを使って、一斉授業で基礎的な学力を身につけさせる。その習得した知識を「活用」する場面では、多様な学習方法と評価基準を推奨することになるでしょう。

 そのためには、多様な学習ができる環境整備が必要になってきます。子どもたちが自分で情報を集め、比較・分類し、議論して表現する、多様な学習環境を作らなければなりません。そのツールの一つとして、今、タブレット端末が学校に導入されているのです。流行っているからとタブレット端末に飛びつく人もいますが、まずは、なぜタブレット端末が学校に入ってきているのかをしっかり理解してほしいと思います。

ポイント2学習内容の見直し

 第二のポイントは、グローバル社会に対応するための「学習内容の見直し」です。言語も文化も異なる人々と協働していけるように、学習内容を変えましょうと言っています。

 その具体的な変更の一つが、「英語教育」です。国際社会で外国人とコミュニケーションを図り、協働していくには、英語力が必須です。とはいえ、いきなり小学生に英語を使って協働させるのは無理。そこで、まずは英語に慣れ親しませようということで、現在の学習指導要領で「外国語活動」が始まったわけです。次世代の学習指導要領では、これを一歩進め、高学年で英語を教科として学び、これまでのような外国語活動は、中学年で行う方向で検討されていきます。

 これまでの外国語活動が否定されたわけではありません。むしろ、これまでの外国語活動は一定の成果を挙げたと評価し、「これならやっていけそう」と手応えを感じたからこそ、次の段階に進むのです。

 外国語活動を始めたのは、先生方に英語の授業に慣れてもらうという側面もありました。その結果、高学年を担任した先生は、外国語活動を経験し、授業の進め方を学び、先生自身の英語への苦手意識も解消されてきました。そこで、今度は中学年でも外国語活動を開始し、より多くの先生に英語を教える経験を積んでもらおうというわけです。

 一方で、外国語活動の課題も見えてきました。その一つが、ゲームや歌ばかりでいいのかといった、高学年の子どもたちの発達段階と学習内容のギャップです。そこで、高学年では英語を教科化し、文字指導や文法指導といった、発達段階にマッチした学習内容にする。中学年の子どもたちには、その発達段階に適していると思われるゲームや歌といった活動で英語に慣れ親しんでもらうのです。

 自治体によっては、ずっと以前から英語教育に力を入れているところも見られます。今号のチエルマガジンで紹介している大牟田市も、その一つです。

 大牟田市は、福岡県の南端に位置する地方都市です。同様に、地方の自治体が、英語教育に力を入れているケースが目立ちます。グローバル社会になった今、地方の中小企業においても、海外との取引や、海外進出が増えています。将来、地元で働く子どもたちの「自立」のためにも、「英語教育」が必要なのです。

 グローバル社会に対応するために、他にも学習内容を見直します。日本史の必修化です。外国の人たちと協働するには、他国の文化や歴史だけでなく、自国の文化や歴史も知っておかなければなりません。東京五輪で来日した外国人に「歌舞伎の歴史を教えてくれ」と問われて答えられなかったら、恥ずかしいですよね。

 次に、政治に関する教育の在り方。日本の子どもたちは、外国の子どもに比べて、政治への関心や理解が低いとされています。その理由の一つに、日本の学校が政治に関する教育をあまりしてこなかったことが挙げられます。教育基本法が「教育の中立性」を謳っていることもあり、政治に踏み込んだ教育を行うのを避けて来たのです。

 しかし、近々、参政権が18歳以上に引き下げられようとしています。高校3年生でも、選挙で投票するようになるのです。そのためにも、政治に関する教育の在り方を、ここで見直そうというわけです。

出典:文部科学省「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」参考資料より

ポイント3学校のマネジメント支援

 新しい学習内容を、新しい学習方法でしっかりと学ばせるためには、各学校におけるマネジメントが必要です。

 これまでの学習指導要領では、学校内をどう組織化し、教育目標を立て、カリキュラムを組み、どう評価・改善していくかは、各学校の裁量に任されていました。しかしながら、新しい学習内容、新しい学習方法が導入される、次世代の学習指導要領のもとにおいては、今以上に校長先生がリーダーシップを発揮して、先生方を取りまとめ、教育目標を立て、カリキュラムを組み、PDCAサイクルで学校経営を行っていく必要があります。

 第三のポイントとして、そのための国としての支援方法を考えてください、と諮問されました。

 その一環として、今、教職大学院の増設が、全国各地で急ピッチで進められています。これまでは、先生になろうとする人の養成が主な役割でしたが、今後は、すでに先生になっている人も教育していきます。たとえば、各教科のエキスパートを育てたり、指導主事を育てたり、学校をマネジメントする校長先生を育てたり、といった具合です。現在、教職大学院は、全国に25ありますが、今後数年で、すべての国立大学教育学部に、教職大学院を設置する方向で動き始めています。いずれれも、次世代の学習指導要領に対応できる先生を育てるための施策なのです。

真似するだけではダメ


 次世代の学習指導要領で示されるであろう「新しい学習方法」を、すでに具現化している学校があります。その一つが、今号のチエルマガジンで紹介している、新潟大学教育学部附属小学校です。

 新潟大学教育学部附属小学校では、「情報リテラシー」を研究テーマの一つに、iPadを学習のツールとして用い、アクティブラーニングをさせています。たとえば、習得させたい知識を、教員が教えるだけではなく、iPadを使って子どもに自分で探させ、発見させ、習得させています。回り道になることもありますが、脇に逸れすぎないように、ほどよく試行錯誤させるように、担任がマネジメントを工夫しています。これは、第三のポイントにもつながることです。

 しかし、この附属小学校の実践を見て、「じゃあ、うちでもiPadを入れよう!」とうわべだけ真似してもうまくいきません。附属小学校の実践がうまくいったのは、すでに土台がしっかりと築かれていたからです。

 附属小学校では、「情報リテラシー」の研究を始めるずっと以前から、「学習スキル」や「学級力」の研究を進めていました。前者では、書く・話すといった、学習者として一人ひとりが「自立」するためのスキルを磨いてきました。後者は、学級経営の研究であり、集団で「協働」するための力をつけてきました。こういった「自立」と「協働」の土台があったからこそ、すんなりとiPadを学習の道具として使い、アクティブラーニングできたのです。

 この土台がないままiPadを導入しても、子どもたちは、新しいオモチャが来たぐらいにしか認識しないでしょう。下手をすれば、学級崩壊の引き金になってしまいます。新潟大学教育学部附属小学校や大牟田市のような先行事例に注目することも大事ですが、それを単に真似をするのではなく、何を目的としているのか、どう考え、どんな活動を積み重ねてきたのか、それが、国や自治体の教育政策とどう関連づけられているのかといった本質を、まず理解することです。

 次世代の学習指導要領が、本格的な審議に入り、3年後には移行措置が始まるという今、何をすべきか。3年後に備えて、今から準備を始めてほしいと考えています。

 まず、今回の諮問の内容をしっかりと汲み取り、我が自治体、我が校では、次世代の学習指導要領にどう対応するかを考え始めましょう。次世代の学習指導要領でリーダーを担える人材を、今から育てておきましょう。

 しかし、何よりも、今の学習指導要領で示されていることをきちんと達成しておくことです。次世代の学習指導要領は、今の学習指導要領で示したことはみんな達成したという前提で作られます。時代はすでに、アクティブラーニングのような「新しい学習方法」、そして英語の教科化に代表されるような「新しい学習内容」に向かって動き始めているのに、未だに基礎学力の定着もできていない、活用も進んでいない、ICT環境も未整備で、ICTでわかりやすい授業も実現できていないでは、取り残されてしまいます。

 教育政策の潮流をしっかりと捉え、学習指導要領をもとに、子どもたちへの的確なご指導を心掛けていただきたいと考えています。

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