新たな時代を見据えた「高大接続」改革の実現に向けて
高校教育-大学入学者選抜-大学教育
子どもたちの未来のために…
日本学術振興会 理事長
文部科学省 顧問
安西 祐一郎 先生
1974年慶應義塾大学大学院博士課程修了。
カーネギーメロン大学客員助教授、北海道大学文学部助教授、慶應義塾大学理工学部教授を経て、93年~2001年同理工学部長、01~09年慶應義塾長、06~15年文部科学省中央教育審議会(第3期〜第7期)委員。第7期では会長を務めた。
現在、独立行政法人日本学術振興会理事長。文部科学省顧問、日本ユネスコ国内委員会会長等を務める。専攻は認知科学、情報科学。
我が国の教育制度における喫緊の課題として検討されてきた「高大接続」問題。文部科学相の諮問機関である中央教育審議会(中教審)は、昨年12月22日、『新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について』(以下『高大接続答申』)として取りまとめ、答申した。
まさに「待ったなし!」の答申内容を受けて、わずか3週間後の本年1月16日、改革を実現すべく、文部科学省は『高大接続改革実行プラン』を策定、公表するに至った。
そこで、答申時の中教審会長・安西祐一郎先生を訪ね、教育環境の実状、三者の一体的な教育改革の必要性などについて、お話を伺った。
この度の『高大接続答申』は、単なる大学入学者選抜のための改革ではありません。将来を見据えた、新しい時代にふさわしい高等学校教育、大学入学者選抜、大学教育の一体的な教育改革なのです。
国内では、少子高齢化により、生産年齢人口が減少の一途を辿り、地方の衰退が懸念される中、グローバル化が進み、これまでのアメリカ一極集中時代から多極化へと向かっています。こうした国内外の急速な変化に対応するためにも、これまでと同じ教育を続けていては、これからの時代に通用する子供たちを育むことはできません。今こそ、新たな教育改革、未来の人材を育成するための改革を「待ったなし」で進めなければなりません。
日本の義務教育は、世界に誇れるレベル
平成19年の学校教育法改正により、「学力の三要素」として「基礎的な知識・技能の習得」「これらを活用して課題解決を図る思考力・判断力・表現力の育成」「主体的に学習に取り組む態度」から構成される「確かな学力」を育むことが重要であると明示されています。
小・中学校では、全国学力・学習状況調査において、「活用」に関する記述式の問題である、いわゆるB問題を導入し、仲間と話し合い、発表し合う「言語活動」も積極的に行われ、「確かな学力」の育成に向けて実践の成果が現れてきています。経済協力開発機構(OECD)の「学習到達度調査(PISA)」でも高水準の成績を上げており、日本の義務教育は、まさに世界に誇れるレベルと言えます。
この小・中学校段階での充実した流れが、高校、大学とつながっていないのが現状であり、大きな課題なのです。
〈表1〉
「高校教育」の現状と課題
中学校から高校への進学率は98%に達しており、多様な進路が開かれている中で、一人ひとりの高校生に対して、新たな時代に対応するために必要な力を身につける教育を施すべきところ、教育目標を大学入試に向ける高校が増え、多くは知識の暗記・再生に偏った「知識伝達」型の授業に留まっているのが実状です。これでは、「自ら課題を発見し、解決するために必要な思考力・判断力・表現力」や「主体性を持って、多様な人々と協働しながら学習に取り組む態度」を十分に育むことはできません。
高校教育においては、小・中学校で培った義務教育の成果を確実につなぎ、これからの時代に自立して生きる力を確実に身につけることが重要です。
そのためにも、高大接続改革と歩調を合わせて、「何を教えるか」ではなく、「どのような力を身につけるか」の観点に立って、指導内容のみならず、学習方法や学習環境についても明確にするなど、現在の学習指導要領を抜本的に見直し、次期学習指導要領のもとでは、課題の発見と解決に向けた主体的・能動的な学習方法であるアクティブラーニングなどへ変えていく必要があります。教員は、知識・技能の習得とともに主体的・能動的な学びを重視した教育を行い、生徒一人ひとりの可能性を伸ばしていくための指導を実践することが求められます。
併せて、高校生の知識水準の確保・向上を図り、学習の改善に役立てるための新しいテストとして『高等学校基礎学力テスト(仮称)』の導入を提言しています。この新テストは、「基礎的な知識・技能」、そして「思考力・判断力・表現力」等の活用力を評価し、在学中に複数回、例えば年間2回程度、高校2・3年での受検を想定しており、平成31年度からの導入を予定しています。(詳細は、表1参照)
「大学教育」の現状と課題
大学への進学率は50%を超え、大学は、学生を確保するために多様な入口を設けたものの、選抜性の低い大学では、高校で「基礎的な知識・技能」を十分に習得していない学生を多く抱え、初年次教育において補習を余儀なくされている状況も見られます。選抜性の高い大学においても、知識量は豊富でも、主体性を持ち、多様な人々と協働してゼロから物事を立ち上げる力を持つ学生は少ないのではないでしょうか。
また、日本の大学生の学修時間は、アメリカと比べると依然として短く、1週間当たり11時間以上の学生の割合は、アメリカの約60%に対して、我が国は約15%というデータも見られます。授業形態も、教員からの一方的な知識の伝達に留まるものが多いのではないでしょうか。事実、主体的に学ぶ力を磨くことなく、身につけた能力もないまま社会に出る学生も多く、社会では、厳しい評価を受けています。
「アクティブラーニングを行うには、どうしたらいいのでしょうか」といった質問を受けますが、アクティブラーニングは、マニュアルにしたがって行うものでなく、教員の考え方ひとつで、どこでも実施できる学修方法であると考えています。教員は、一方的に教える立場から、学生が主体的に学び、自ら答えを見つけられるように導く立場にならなければなりません。
今の教育現場では、アクティブラーニングを経験したことのない教員が、機械的に取り入れようとしている場合もあるように思います。まずは、教員が自ら意識を変えて、アクティブラーニングの事例を学ぶことが大切です。
大学接続改革実行プラン
文部科学省は、平成26年12月22日の『高大接続答申』を踏まえて、年明けの平成27年1月16日、3週間という速さで、『高大接続改革実行プラン』を策定、公表しました。
【改革スケジュールと主な施策】
◎平成26年度中
● アドミッション・ポリシーに関する事例集の作成・提供
◎平成27年度中
● 三つのポリシーの一体的な策定を義務付ける法令の改正
● 認証評価に関する省令を改正
● アドミッション・ポリシーに盛り込む内容に関するガイドラインの作成・提供
● 新テスト等に関する専門家会議の検討結果取りまとめ
⇒ 詳細な「高大接続改革に向けた工程表」は、下記の一覧表をご覧ください。
そして3月5日、文部科学省は、本プランに基づき、高大接続改革の実現に向けた具体的な方策について検討する『高大接続システム改革会議』(座長・安西祐一郎先生)を立ち上げました。7月中に中間報告、平成28年3月末日までに答申を行う予定です。
「大学入学者選抜」の現状と課題
「大学入学者選抜」は、高校教育や大学教育に大きな影響力を持っています。
現行の『大学入試センター試験』は、高校生の一定の基礎学力の確保に大きな役割を果たしてきたと評価することができますが、知識の多寡など測定しやすい能力や選抜時点での能力の評価に留まっています。さらに、大学によっては、学生の確保が優先されるなど、高校で培ってきた経験や能力、大学教育において必要な力を評価するものになっていないのが現状です。
そこで、高校段階の基礎学力を評価する新テスト『高等学校基礎学力テスト(仮称)』の導入を踏まえ、現行の『大学入試センター試験』を廃止し、新たに『大学入学希望者学力評価テスト(仮称)』の実施を提言しています。
この新テストでは、「知識・技能を活用して、自ら課題を発見し、その解決に向けて探求し、成果等を表現するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力」を中心に評価します。多肢選択問題だけでなく、記述式の問題も出題されることになります。選抜性の高低に関わらず、多くの大学で活用できるように基礎的な問題から高難度の問題まで広範囲な出題が必要だと考えています。
とくに「英語」については、「読む」「聞く」「書く」「話す」の四技能を総合的に評価できる問題や、民間の資格・検定試験を活用するとしていますが、民間の資格・検定試験をどのように利用するかは、今後設置される専門家会議等において検討が行われるのではないかと思います。
そして、生涯学習の観点から、大学で学ぶ力を確認したいと思えば、社会人を含め、だれでも受検できるように提言しています。高大接続答申を審議する中で、いつも念頭に置いていたのは、高校を卒業してすぐに就職する生徒たちのことでした。また、家庭の事情によって大学進学を断念せざるを得ない若者もいることも考慮しなければいけません。
25歳以上で大学学部に入学する我が国の大学生は全体の2%に過ぎず、経済協力開発機構(OECD)諸国平均の20%を大きく下回っているデータも見られます。就職したら大学に行けない、ではありません。大学の門戸がいつでも開いている時代にすべきなのです。
なお、『大学入学希望者学力評価テスト(仮称)』は年間に複数回、平成32年度からの導入を予定しています。(詳細は、表1参照)
各大学の「個別選抜」の在り方
各大学の個別選抜においては、『大学入学希望者学力評価テスト(仮称)』の成績に加えて、面接やグループディスカッション、資格・検定試験等の成績や高校の調査書、高校段階までの活動履歴などを総合した、多様な評価を求めています。
「知識・技能」の習得はもちろんのこと、高校教育で身につけた「生きる力」をいかに大学教育で発展・向上させ、社会へと送り出していくかという観点で考える必要があります。
また、各大学のアドミッション・ポリシー(入学者受け入れ方針)がますます重要になってきます。答申では、「アドミッション・ポリシーの策定にあたっては、各大学の強み、特色や社会的役割を踏まえつつ、大学教育を通じてどのような力を発展・向上させるのかを明らかにした上で、個別選抜において様々な能力や得意分野、異なる背景を持った多様な生徒が、高等学校まで培ってきたどのような力を、どのように評価するのかを明示する必要がある」と謳っています。受検する生徒が選択しやすいように、できるだけ具体的に、わかりやすく示すことが必要です。
これからの時代は、「主体性」がキーワード
これから少子高齢化やグローバル化、多極化が進む中、最も大切になるのは、「主体性」です。「主体性」とは、自分自身で目標や問題を見つけ、自ら達成、解決に向けて実践を重ねていくことです。
これまでの受け身の教育から能動的な学修へ。高校教育においては、「主体性」「多様性」「協働性」の基盤をしっかり身につけ、大学教育においては、主体的に学ぶ力を本格的に身につけることが大切です。
「高等学校教育・大学入学者選抜・大学教育」の一体的な教育改革は、直ちに取りかからなければ、国内外の急速な変化に対応することは困難です。未来に生きる少年少女一人ひとりが自信を持って幸せな人生が送れるよう、実現に向けて、社会全体で取り組み、協力し合って行かなければなりません。