公開日:2017/1/30
恵まれたICT環境が、アクティブラーニングと協働学習を促す
―熊本県―
球磨郡山江村立山江中学校
村を挙げて、学校の情報化に取り組んでいる熊本県山江村。人口およそ四千人の小さな村だが、ICT環境の充実ぶりは都会を遥かに凌駕する。タブレットや電子黒板、デジタル教科書などのICTを村内全校で整備。全校生徒116人の山江中学校では、なんと一人2台のタブレットを完備している。しかも、共用ではなく、個人専用機である。「学校情報化優良校」にも認定され、今年度は「学校情報化先進校」にも応募している山江中学校の授業研究をレポートする。
校長
中里 健一先生
教頭
津留 優祐先生
研究主任・学年主任・理科担当
米 育史先生
情報主任・数学担当
田上 順一先生
社会科担当
岡 誠司郎先生
ICTを使った、アクティブ・ラーニングと協働学習を実践
山江中学校がICT活用に力を入れ始めたのは、3年前。2013年度に、産学官連携による普通教室でのICT活用推進実証研究校に指定され、40台のタブレットが導入されたのが、最初の一歩だった。以後、県や文部科学省の研究校にも指定され、ICT環境も充実。今やすべての普通教室に電子黒板とデジタル教科書、無線LANなどを完備しているほか、生徒に一人2台のタブレット(学校用と家庭学習用)を専用機として整備している。この恵まれたICT環境を用い、山江中学校は、どのような授業研究に取り組んでいるのだろうか。
「研究の主題は、『主体的に学びあう生徒の育成を目指した授業の創造』。これは、山江村のすべての小・中学校共通の研究主題です。この主題に、山江中学校独自の研究テーマとして、『生徒の学びを深めるICTの効果的な活用のあり方』という副題がつきます」と、津留優祐教頭。どのような授業を作っているのだろうか。
「『主体的に』の言葉が含まれていることからわかるように、まずは、アクティブ・ラーニングがある。自分で疑問や課題を発見して調べたり、自分の学習進度や課題に合わせて個別学習を行うようにしたりできる授業づくりを心がけています」と、研究主任の米育史先生。自分のタブレットにドリル教材をダウンロードして家に持ち帰り、家庭学習も取り入れている。
「そして主題に『学びあう』の言葉が入っているように、協働学習の構築も同時に目指しています」と、米先生は述べる。
アクティブ・ラーニングと協働学習。現在の教育界の重要キーワードであるこの二つの方法論で、山江中は、副題に掲げた「生徒の学びを深める」を実現している。
「基礎・基本の定着と、思考力・判断力・表現力の向上の両方を進めています。全国学力・学習状況調査でいう、A問題とB問題の両方の力ですね。おかげで本校の生徒たちは、A問題もB問題も点数が高いんです」と、中里健一校長は、にこやかに語る。事実、山江中の生徒たちの学力はとても高い。2014年度の熊本県学力調査の結果と比べると、約8割の設問で県平均より高かった。また15年度の全国学力・学習状況調査では、約9割の設問で県平均・全国平均を上回った。
ICTを活用した授業をつくる5つの分類
どのようにして生徒たちの学力を高めようとしているのだろうか。
「本校では、授業のめあてと授業形態によって、授業を次の5種類に分類しています」と、情報主任の田上順一先生は説明する。
①学び合い
②各種調査問題等の活用
③ジグソー学習
④問題をつくって出し合う
⑤最適解の追究=協調学習
「この分類を設けたことで、授業づくりがしやすくなりました。授業のどのような場面で、何の目的でICTを使えばよいのか、ICTが得意な先生もそうでない先生も、みながイメージしやすくなったのです」
では、どのような授業を行い、ICTを活用しているのか。代表的な事例をいくつか紹介しよう。
今まで不可能だった学びをICTは実現してくれる
このような実践を、山江中では〝日常的に”行っている。タブレットには、どのような良さがあるのだろうか。田上先生は、今までは不可能だった学びを実現してくれる、と指摘する。
「たとえば、数学の平面図形や立体図形の単元は、頭の中で図形をイメージしながら考えなければならず、苦手な生徒も多い。でも、タブレットの学習者用デジタル教科書などを使えば、タブレット上で図形を変形させたり回転させたりできるので、苦手だった生徒でも理解しやすくなります」
米先生は「理科でもできなかったことができるようになりました。たとえば、自分たちの実験の様子を撮影できる。記録することができるので何度でも振り返ることができますし、スロー再生や一時停止してじっくり細部まで観察できるようにもなりました」と話した。
ICTで学びを拡張し、アナログで学びを深める
だが、山江中はICT一辺倒な授業をしているのではない。この日の授業でも、タブレットをあえて使わず、ノートやワークシートに書かせる活動をたくさん取り入れていた。その理由は何だろうか。
田上先生は「ICTなどのデジタルは、『学びを拡張』するのに向いています。たとえば、タブレットで考えをまとめると、電子黒板に映してすぐに発表できるし、他者の意見と比較もしやすい。情報の共有を促し、さまざまな考えを知ることで生徒の学びを広げるのに、デジタルは効果的です」と考える。
その一方で、「デジタルには苦手なこともあります。たとえば、タブレットでは細かい文字は書けません。キーボード入力する手もありますが、時間がかかります。自分の中で考えを巡らせながら細かく書いてまとめていくには、やはりノートの方がいい。ノートなどのアナログは、個人の内部で『学びを深める』のに向いている。だから、デジタルとアナログの両方を使い分けているのです」と述べた。
また、田上先生は「本校では、基礎・基本の定着も目指しています。基礎・基本を定着させるには、やはり紙に書くのが効きます。紙に鉛筆で何度も練習したり、紙のノートにまとめたりすることで、定着していくのです」と言葉を添えた。
ICTをきっかけに、先生も生徒も変わり始めた
「ICTは、目的ではなく手段。授業の課題を達成するための道具です」と言い切る津留教頭。そして「道具として使いこなし、授業の課題を達成するには、授業研究が欠かせません。ICTが導入されたことで、先生方は教材研究や授業研究に今まで以上に力を入れるようになり、授業改善が進んでいます。ICTが先生方の意識を改革し、授業を改革しています」と述べた。
ICTの活用は、生徒たちの意識にも、いい変革を起こしている。
中里校長は「本校の生徒たちはとても素直で純朴で、『まるで、30~40年前の中学生を見ているようだ』と言われたこともあるんです(笑)。でも素朴ですが、自分の意見を述べるのを恥ずかしがったりはしません。堂々と自分の意見を主張し、他人と議論する力を持っています。タブレットを使って日常的に発表したり、グループで議論している成果でしょう。これからは、国内外のさまざまな人たちと意見を戦わせながら、いっしょに働いていく時代です。生徒たちの将来が楽しみですね」と目を細めた。