「時事」に関する主体的な意見形成を促進する『ABLish 』

― 和歌山大学 ―

和歌山大学では、観光学部の1年生35名を対象にした授業で、英語ニュース教材配信サービス『ABLish(エイブリッシュ)』を導入している。担当教員は、英語、スペイン語、ポルトガル語、日本語を自在に操るブラジル出身の野田日向特任助教。授業の具体的な進行手順について、お話を伺った。

国際観光学研究センター 特任助教 野田 日向先生
英語は不可欠なものと語る野田特任助教は、英語の有効性の証として、航空業界などグローバルに活躍する教え子の近況を紹介することもあるという。

正解を求めるeラーニングではなく意見の形成を促進するツール

 野田日向特任助教の『ABLish』を使った授業は、語彙力とリスニング力、そしてスピーキング力の向上に主眼が置かれている。『ABLish』は、英語の時事ニュース教材の配信サービスではあるが、学生に活発なコミュニケーションを促すための仕掛けとして野田特任助教は位置づける。

 「『ABLish』は、内容の正しい和訳を正解として理解させることが目的のeラーニングではありません。クラウド上の堅牢な環境で学生を管理しながら、学生が自分の意見を形づくり、アウトプットしていくためのツールと考えています」と野田特任助教は解釈している。

 学生は、スマートフォン、タブレット、ノートPCのいずれかを持参。どの端末でログインしても自由だ。スタッフは、野田特任助教とTA(Teaching Assistant)の学生が1名。TAは、かつて野田特任助教の授業を受け、そのメリットを実体験として知る学生だ。受講する学生は、TOEICスコア450点から500点ほどの1年生。大学受験のための英語学習に取り組んできた直後であり、ある程度の語彙力があるという。そんな学生たちに対して全12回の授業が展開される。

90分の授業で、野田特任助教からの説明は約40分。残りは学生が英語で自己紹介をするなど、学生が”主役”として英語を使う時間が設けられる。

No More Shyness.
日本人の「照れ」の壁を突き破る

 野田特任助教が『ABLish』での授業をスムーズに進めるために重視するのは、初回のいわゆるオリエンテーションだ。シラバスに沿った授業内容の説明や、各回のテーマの説明に加えて、学生のモチベーションを高めるために「学生が主役である」ということを伝えるという。特徴的なのは、日本人の英語学習効果の障壁とも言える「恥ずかしさ」を取り払うための〝儀式〟を行うこと。まずは学生がA4用紙に「恥じらい」や「内気」を意味する英単語の「SHYNESS」を書き、それを×印で消すというものだ。その際に、〝No More Shyness.〟と声を出し、決意表明をするのである。「一見するとクレイジーな光景かもしれませんが、こうして学生に照れずに話す意識を植え付けていきます」と野田特任助教は笑う。「プライベートな観光でもビジネスでも、グローバル社会では英語は不可欠なもの。恥ずかしがっていては何も始まりません。就職活動対策に英語力の必要性が叫ばれることもありますが、英語力の向上はその先の人生そのものにプラスになるんです」と野田特任助教は語気を強める。

ニュートラルな教材で学生の個性を引き出す

 使用する『ABLish』の教材は、観光学部の学生向けに適したものとして、7ジャンル21カテゴリーの中から、「ヒューマン&カルチャー」など、観光という視点で捉えやすいテーマを選択する。野田特任助教が心掛けているのは、授業での「世界旅行」。東南アジア、南米、ヨーロッパなど、授業ごとに世界各地のテーマを扱うのだという。

 使用するのはアドバンスト・バージョンの英文。ベーシック・バージョンよりも単語数が多く、かつ、読み上げ音声の時間が短く、聞き取りやすさよりもネイティブレベルの音声であることを優先させたバージョンだ。そのかわり、関連教材などで追加の英文を学生に提示するケースは限定的だ。というのも、あくまでも学習用に入念に作り込まれた『ABLish』の英文の理解に集中させたいのだという。「海外ニュースや新聞を読む学習方法もありますが、そこにはメディア企業のイデオロギーが入り込んでしまいがちです。中立的で偏りのないように練り上げられた『ABLish』こそ、学生の主体的な意見形成のベースとして最適だと考えています」という野田特任助教の言葉は、『ABLish』への信頼の厚さを感じさせる。

[STEP1]
〝発言モード〟に切り替えるためのウォーミングアップ

 授業時間は90分。野田特任助教は、三つのセクションに分け、最初のセクションはウォーミングアップとして位置付ける。ある回では、タイの観光事情について考えさせることを意図して、「タイ国王の誕生日」に関する『ABLish』教材を使用。ただし、『ABLish』の英文に触れるのは、第2セクション以降になる。

 まず学生は、タイの観光関連機関が国外向けに制作したプロ―モーションビデオを動画サイトで視聴する。関連教材として動画サイトを含むWebページのURLを学生と共有できるのは『ABLish』の大きなメリットだ。ここで野田特任助教は関連教材にも戦略的な取り組みを見せる。「『ABLish』が入念に作られているのと同じように、学生に見せる動画もレベル・段階を意識しています。最初のセクションで見せる動画は、プロ―モーション用にイメージ訴求で作られたもの。出てくる単語が少ないものをセレクトします」と野田特任助教は話す。

 こうして動画を視聴したら学生のペアワークがスタート。内容の理解度を確認するために感想を述べ合うほか、野田特任助教があらかじめ用意しておいた質問を投げ掛け、学生同士でディスカッションさせ、質問への回答をライティングする。コミュニケーション中心の授業の中で、数少ないライティングの時間帯となる。

 この間、野田特任助教は常に学生の回答内容をモニタリングするが、心掛けているのは、先生自身は話す機会・時間を極力短くし、学生に話させることだという。その後、学生はペアワークからグループワークに移行し、4人から5人程度で感想を述べ合う。並び順に発言することもあれば、ゲームを交えて発表者の順番を決めることもある。学生の〝硬さ〟が解け、〝話すモード〟に変わると次の段階に入る。

野田特任助教自身は話す機会・時間を極力短くし、学生同士のディスカッションの時間をより多く確保することを心掛けている。

[STEP2]
単語数を増やした関連教材を使用「効率性」優先で日本語での説明も

 第2セクションでは、テーマについてより深く知るために、新たな動画を学生に見せる。これは、第1セクションで見たものよりも単語数の多いもの。そして、見た後に学生が回答するための質問内容もまた、サービス業界について問うものなど、観光ビジネスに寄った内容になる。質問内容はスライド表示やプリント配布など、回によって異なる。

 また、第1セクションと異なるのは、学生は質問への回答を書くのではなく、ペアワークやグループワークで発言のみを行うということ。このとき、TAは学生がしっかりと発言しようと努めているかをチェックし、野田特任助教は答え方や言い回しなどについての具体的なアドバイスを行う。このとき、特定の語彙の意味などを日本語で説明することもあるが、あくまでも学生による英語でのコミュニケーションを促進するために効率的と考えるがゆえだ。

 その後、「タイ国王の誕生日」についての『ABLish』教材が登場。リスニングを行った上で、タイに限らない王政についての根本的な質問や、日本との対比で考察を深めるような質問を提示。引き続きグループ内で議論を深めていく。第1セクション以降、少しずつタイに関する考察を深めてきた成果を、『ABLish』教材で触れた内容に対するディスカッションに生かしていった。

[STEP3]
音読→黙読→要約→議論→確認クイズ
『ABLish』をフル活用

 最後のセクションでは、『ABLish』の素材をフル活用する。まずは音読を行い、その後に黙読。この時、野田特任助教はキーワードの和訳を掲示。第2セクションと同様に、あえて日本語で説明を行い、スムーズで活発な英語コミュニケーションを促す。コミュニケーションの内容は、要約と意見交換だ。その後、『ABLish』に付属している確認クイズに回答。この回答内容について学生同士で答え合わせや意見交換を行った上で、野田特任助教がチェックを行い、クラス全体での質問タイムに入る。

 ここまでは、ペアの相手やグループ内のメンバーとのディスカッションによって考察を進めてきたが、特徴的な意見や質問をクラス全体で共有することで、自分の意見形成につながる引き出しを増やす意図がある。

設定された質問に英語で答えるだけではない学生間の自由な対話が、英語力向上に有効なのだという。

〝おしゃべり〟が育むチームワーク
従来の日本型英語教育との決別

 野田特任助教の授業で特徴的なのは、授業のテーマに関することであれば「自由におしゃべりOK」だということ。「学生には、自分で考えた質問をチームの学生に投げ掛け、自由にテーマについて深掘りしていって良いと伝えています。また、早く課題が終わった学生が、つまずいている学生に英語でヒントを言ってあげるような、お互いに支え合いながら英語力を高めていく好循環が生まれています」と野田特任助教。〝おしゃべり〟を見ていると、相手の理解度に応じてゆっくり話すような思いやりやチームワークが随所に見られ、みんなで英語力を高めていこうという意識が垣間見えるという。

 今後実現させたいのは、海外からの留学生と混合での授業だと野田特任助教。日本人学生と外国人学生とでペアを組み、グループをつくり、世界事情などについて活発な情報交換、意見交換をしてほしいのだという。

 「世界各地で起きている出来事にはそれぞれストーリーがありますが、日本の学生はまだまだ世界事情を知らないと思います。『ABLish』は、世界中のさまざまな分野のニュース記事が揃う〝ネタの宝庫〟で、しかも配信される教材は、偏った思想が介入していない中立的な文章となっています。『ABLish』なら、ストーリー性のない暗記偏重型の英語教育や、文法ありきの英語教育では実現しえなかった有機的な学習が可能です。すでに日本人学生間での活発な議論を生んでいますので、世界のさまざまな文化的背景を有する学生との対話機会を増やし、知見を広めていってほしいですね」と締めくくった。

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