「コンピュータは、ぼくらのものだ!」とプログラミング教育で実感してほしい
「第19回情報リテラシー連続セミナー@東北大学」レポート
東北大学大学院情報科学研究科は、2014年度より各分野の専門家や学校などでの実践家を講師に迎え、「情報リテラシー教育のこれからを考える」と題した「情報リテラシー連続セミナー@東北大学」を開催している。第19回となるセミナーが2017年1月に開催され、ビジュアルプログラミング言語「Viscuit(ビスケット)」の開発者である、合同会社デジタルポケット代表の原田康徳氏が登壇した。
合同会社デジタルポケット 代表
原田 康徳 氏
計算機科学者。ワークショップデザイナー。Viscuit開発者。博士(工学)。ワークショップデザイナー。1963年北海道生まれ。1992年北海道大学大学院情報工学専攻博士後期課程修了。1992年〜2015年日本電信電話株式会社 NTT基礎研究所、NTTコミュニケーション科学基礎研究所 1998年-2001年JSTさきがけ研究員。2004年〜2006年、2010年〜2013年IPA未踏ソフトウェア創造事業プロジェクトマネージャ兼務。NTTを退職後、合同会社デジタルポケット設立。
Viscuitでコンピュータを直感的に知ってもらう
今回のセミナーは「プログラミング教育の先」をテーマとし、原田氏の講演だけでなくViscuitを実際に体験する場も用意されていた。2020年度から実施される次期学習指導要領において、小学校では「プログラミング教育」が必修化される。それを受けて、小学校の先生方をはじめ、教育関係者の間では、プログラミング教育にどのように向き合えばよいのか、といったことへの注目が高まっている。この日も定員を大きく上回る約70名が全国から集まり、プログラミング教育への関心の高さがうかがえた。
原田氏は、工学博士号を持ち、大手通信技術企業の研究所で長年にわたりプログラミング言語の研究に携わってきた。現在は、2003年に開発したビジュアルプログラミング言語Viscuitによるプログラミング教育の普及に尽力している。Viscuitはほかのプログラミング言語と違い、文字や数字を使わずに、絵や図を使ってプログラムを行うための言語だ。「誰でもプログラミングを体験してコンピュータの本質が理解できる」ことをコンセプトに、インターネットにつながったパソコンやスマートフォン、タブレット端末があれば、自在にプログラミングすることができる。幼稚園から大学まで幅広い教育実践の場で活用されているほか、博物館や美術館などの公共施設、病院や介護施設といった場でも利用されている。原田氏によれば、Viscuitはプログラミングの入門言語ではなく、コンピュータを直感的に知ってもらうためのツールだという。この日のセミナーでも、参加者たちは実際にスマートフォンやタブレット端末を片手に、お互いの画面を見せ合い、楽しみながら操作し、プログラミングを体験していた。
小学生がプログラミングを学ぶ理由
講演冒頭で原田氏はまず、「今日、社会が急速に大きく変わっているといわれている原因はコンピュータであり、コンピュータの普及により仕事がなくなったり、生まれたりしています。それにもかかわらず、コンピュータとは何かを理解することは難しいものです」と述べた。そして「一方で、社会が二極化し、コンピュータを知っている人と知らない人で完全に分かれており、コンピュータを知っている人がルールを決め、知らない人がただそれに従う構図になっているのです。これからの時代を生きる子供たちがルールにただ従うだけになってもよいのでしょうか」と問い掛けた。
子供たちの身の回りには今、ゲーム機やデジタル機器があふれている。そうした環境で育つ子供たちだからこそ、コンピュータは「わからないもの」ではなく、「できるだけ早いうちから知っておくもの」であると、原田氏は考えている。そして、プログラミングを体験し、「コンピュータとはこういうものだ」と直感的に知ることが大切だという。そして、子供たちにプログラミングを学ばせる理由として、「田んぼ」を例に挙げて説明した。
「小学校では、校内に田んぼを作り、お米を育てる体験をさせています。大人はお米がどのように作られるのかを知っているため、その過程を知らない子供が育つことは問題だと、大人が感じているからです。しかし、コンピュータがなぜ動くのかを知らないまま子供が育っても、問題にならないのはなぜでしょう。それは、大人自身も知らないからです。本を読んだだけではコンピュータの本質を理解することはできません。それには、実際にプログラミングを体験することが大切なのです」
「ジャンケンシミュレーション」でプログラミングの大切さを体感
コンピュータの研究に長年携わってきた原田氏は、コンピュータはクリエイティブなものだと感じている。コンピュータの数学的な部分を隠すことで、〝コンピュータらしさ”が残るはずだと開発したのがViscuitだった。だからこそ、Viscuitには数字が出現しない。難しいコマンド(命令文)もなければ、コードを書く必要もない。スマートフォンやタブレット上に指で描いた「部品」を「めがね」ツールに入れるだけで、さまざまな動きを作り出すことができてしまうのだ。「めがね」は部品に命令を出すツールだが、その命令自体はシンプルだという。複雑で難しい動きをさせるには、「めがね」を増やせばよい。簡単な命令をたくさん集めることで、複雑な動きができるのだが、その命令が一つでも間違えていると、すべての動きが止まってしまう。これが、原田氏の言う「コンピュータの〝すごい”ところであり、〝バカな”ところ」だ。
この日のセミナーでは、「ジャンケンシミュレーション」を体験した。原田氏は「グー・チョキ・パーの三つの絵を6個ずつ並べてシミュレーションを実行すると、どのような結果になるか」と参加者たちに問う。多くの参加者が、「バランスを保ち続けて、勝ったり負けたりする」と予想したが、実際にはそれに反して、どれか一つの絵に収束してしまうという結果となった。
なぜ、そのような結果が導かれるのか、原田氏は次のように説明する。
「ジャンケンは3すくみであるという先入観にとらわれ、論理的に考えることができていなかったからです。そもそも、人間は論理的思考が苦手です。コンピュータの方が、論理的思考を得意としているのです。人間は先入観から判断を誤りますが、コンピュータはそれを正してくれます。先入観などまったく当てにはなりません。こうしてシミュレーションで導き出された結果を見れば、プログラミングがいかに大切であるかを実感できるでしょう」
Viscuitは、人間寄りの言語
ほかにも、原田氏は「矢印に沿って自動走行するプログラム」を実演して見せた。「↑」「→」「↓」「←」の矢印を組み合わせて、コースを作る。この矢印沿いに、矢印の向きに従ってネコを自動走行させるには、4種類の「めがね」が必要となる。矢印をつなげてコースをひろげていくと、ネコに動きを命令するプログラムのようになる。これは、Viscuit上で矢印に沿ってネコが動くようにプログラミングしたことで、今度は矢印そのものがプログラムのように機能し始めたのだ。
原田氏によれば、かつてのコンピュータでは、人間がコンピュータ寄りの言語でプログラミングをする必要があった。たとえば、キャラクターを動かす際には、『右に12、上に40動け』と細かく数値を入れて命令しなければならなかったという。だが、コンピュータが進化して速くなったことで、Viscuitのような人間寄りのプログラミング言語、つまり、「人間にわかりやすく、使いやすい言語」を使えるようになってきた。
実際に、幼稚園児にこのプログラムを作らせると、すぐにコツをつかみ、矢印を次々とつなげてコースを広げていくという。そして、「矢印そのものが、ネコに動きを命令するプログラムに見えてきませんか? これが、プログラミング言語の構造なのです」と述べた。
まずはプログラミングを楽しみ、創造性を育んでほしい
では、小学校で学ぶプログラミングはいかにあるべきか。原田氏は「今後は、もっと人間寄りの言語が出てくる」と考えており、小学生は「仕事で誰かのために作るコンピュータ寄りのプログラミング」ではなく「趣味や遊びで自分のために作る人間寄りのプログラミング」を学ぶべきだと主張する。
そして「今後、プログラミングはますます簡単になり、『自分のために』プログラミングする人がさらに増えていくことでしょう。たとえば、デジタル家電も買ってきた状態でそのまま使うのではなく、自分で使いやすいように簡単なプログラムを施して使うようになると思います」と述べた。
原田氏が望んでいるのは、子供たちに「コンピュータは、自分たちのものだと実感させること」だ。だからこそ、プログラミング教育を通じて、プログラムとは、他人が作ったものをただ使うのではなく、自分の生活をもっと便利にしたり、自分のアイデアを形にするための手段であると体感させたりしたいのだという。原田氏が幼稚園での出前講座をすると、園児たちは少し教えただけですぐにプログラムを作ることができるようになり、一人ひとりが違ったものを作っては、友達同士で見せ合い、楽しんでいる。それはまさに「コンピュータは、ぼくたちのものだ!」と実感している姿そのものだ。
「まずは、プログラミングを楽しんで、慣れ親しむことが大事です。そして、アイデアを形にする創造性を育んであげましょう」。原田氏は力強く語り、講演を終えた。