公開日:2020/6/2
学習者用デジタル教科書ってどんなもの?
情報リテラシー連続セミナー
近年、電子黒板等の大型提示装置を用いて主に教師が補助教材として使用する「指導者用デジタル教科書(教材)」が普及してきている。一方、「学習者用デジタル教科書」は児童・生徒が個々に情報端末を持って利用することを前提としている。
2019年4月、「学校教育法等の一部を改正する法律」等関係法令が施行され、必要に応じてデジタル教科書を併用した授業を行うことが可能となった。2020年4月からいよいよ全面実施となる新学習指導要領のもと、学習者用デジタル教科書にはどのような活用方法が期待されるのか。東北大学にて行われたセミナーと、公立小学校での授業の様子をそれぞれ取材した。
「学習者用デジタル教科書の研究と実践からみえたこと」
東京学芸大学 加藤直樹 准教授
〈講演内容要約〉
AI時代の学び
近い将来、社会ではどのような人材が求められるようになるか。それは、現実にある問題に対して自ら課題を発見してそれを解決したり、新たな価値を創造したりできる人材です。
2020年度から全面実施される新学習指導要領では、「育成を目指す資質・能力」として「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」の3つの柱が整理されました。
ここで重要となることの1つが、知識のネットワークです。様々な教科で学ぶ知識と知識が互いに関連づけられ、学習者の中で体系化・構造化されることで知識はより深いものとなります。さらにその知識を、課題の発見と解決・新たな価値の創造に結びつける力を育てるために、学校における学習活動にも、より「現実的」な問題解決を取り入れることが必要です。
このように、教科横断的な学びや現実社会に即した学習活動を効率よく行うために、AI・ICTの活用が必須であることは言うまでもありません。「使いこなすようになるまでに時間がかかり、内容を学ぶ時間が削られてしまう」という声も聞かれますが、ICT活用能力の育成に必要なのは、とにかくたくさん使うこと。日常的に活用することで必ず使えるようになっていきます。情報活用能力の育成を前提としたカリキュラムの見直しも必要です。
さて、現状を見てみましょう。日本の子供たちは世界の子供たちに比べて「学習のためにICTをあまり使っていない」ことが、OECDの調査でわかっています。学校外・授業中のどちらともです。コンピュータを使ってゲームやチャットはするけれど、それを学習のために使うことはとても少ないのです。学校ではそもそも学習者用コンピュータの整備が遅れていたことが原因の1つともいえるでしょう。1人1台環境を掲げた「GIGAスクール構想」によって打開されることを期待します。
学習者用コンピュータの活用によって、「認知(読む/見る/聴く)」「可視化・表現(書く/話す/撮る)」「思考・共有」といった学習活動のサイクルがぐっと加速します。今日はその中のツールの1つである学習者用デジタル教科書について、実際に操作を体験していただきながら、具体的にどんな活用ができるのか見ていきましょう。
デジタル教科書でできること
学習者用デジタル教科書は「紙の教科書の内容の全部をそのまま記録した電磁的記録である教材」と定義されている通り、内容は紙の教科書と全く同じです。各デジタル教科書ビューアを使って様々な操作が可能となります。ビューアによって機能そのものや機能の名称に若干の違いはありますが、いくつか例を挙げましょう。
まず、表示に関する機能です。ルビや白黒反転は、特別な配慮を必要とする児童生徒たちにとって特に役立つ機能です。ルビは漢字の読みに不安がある児童生徒にとって安心して学習や発表をする助けになりますし、オンとオフが切り替え自在なことによって、その単元に入ったばかりの時にはルビを表示しておき、学習が進んで漢字の読みを覚えてきたら非表示にするなど、児童生徒個人がその都度選択できます。
「まきもの」は、ページの区切りを意識することなく、巻物のように紙面をスクロールして閲覧できるツールです。国語の教科書では段落や文の途中でページの区切りが発生しますが、このツールを使うと読みやすくなりますね。実際に活用したクラスでは、半数以上の子供が「まきもの」を選んで使っていました。
拡大や文字色の反転も含め、表示に関するツールは、1人1台の端末があれば一人ひとりが自分に合った方法を選択することができます。このことはとても重要です。
次に、書き込みの機能です。マーカーで線を引くツールは、とにかく簡単に、きれいでまっすぐな線が引けること、そして簡単に消せることが利点です。紙の教科書では、教科書に一度線を引いてしまうとなかなかきれいに消せませんし、ましてやマーカーを使えば消すことはできません。
本文や図表を抜き出して活用できるツールは、ノートに書き写す時間を短縮し、その分考えるための時間を増やすことができます。もちろん、学習活動として書き写すことそのものが大切な場面もあるでしょう。そのときは紙のノートを使えばよいだけのことです。書き写すことが単なる作業であるような場面ではデジタル教科書がとても有効です。書くことを苦手とする児童生徒にとっても有効なツールといえます。
また、学習者用デジタル教科書には様々なコンテンツへのリンクが貼られています。例えば、動画・アニメーションは、教師が前で提示するだけでも十分効果のあるものですが、自分専用の端末で操作できれば、見たいときに繰り返し見たり一時停止をしたりできます。このように自由に見ることで、より効果を期待できるでしょう。
その他にも、図形を切ったり移動したりできるインタラクティブなコンテンツなど、児童生徒が自分のペースで操作することでより効果を発揮する多彩なコンテンツが用意されています。
デジタル教科書がもたらす変化
実際にデジタル教科書を活用したクラスでどのような変化があったかを紹介します。
先ほど体験していただいた通り、簡単にきれいな線を引いたり消したりできることで、線を引く活動が活発になりました。紙の教科書ではほとんど線を引いていなかった子供も線を引いていますし、元から線を引いていた子供はさらにたくさんの線を引いていることがわかりました。国語の例ですが、紙の教科書を使ったクラスとデジタル教科書を使ったクラスを比較すると、後者の方が「要旨のできばえ」が格段に良いことがわかりました。線を引いたり消したりして、考える過程を可視化できることが思考の助けになるのでしょう。
また、授業スタイルも変わっていきました。授業の中で「子供が活動した時間」と「教師が話す時間」の比率です。あるクラスでデジタル教科書を使い始めた頃と3年後を比較すると、「子供が活動した時間」の比率がかなり高くなっていることがわかりました。
子供たちのもつ感覚にも変化が見られました。国語に関するアンケートで、「自分の考え・意見を分かりやすく伝えられた」「友達の考えや意見がよく分かった」「国語が得意だ」「国語が好きだ」などの項目に対する「そう思う」「とてもそう思う」の回答の比率がデジタル教科書を使うにつれて増えています。
客観的な数値にもしっかり効果は表れています。国語のCRTテストの結果においても、デジタル教科書を使ったクラスの方が使わなかったクラスよりも観点別・要素別ともに良い結果となりました。
改善のためにも現場の声を
デジタル教科書については、これまで長い時間をかけてきて様々な議論がなされてきました。実際の活用はまだ始まったばかりで、改善すべき点もたくさんあるでしょう。今日も実際に操作を体験していただいて、早速いろいろな意見が出ていました。改善のためには、このような現場の先生方の声が重要です。いずれにしても、教科書が学びの基本であるならば、デジタル教科書は子供たちの学びに欠かせない存在といえるでしょう。