ICT化の進展は、現場教員へのサポート体制の充実がカギ

文部科学省 国立教育政策研究所 所長
浅田 和伸

教育政策に関する総合的な国立研究機関である国立教育政策研究所は、教員のICT(情報通信技術)活用指導力の研究調査などを行っている。家庭で当たり前のように活用するICTを教育現場でもさらに日常使いしていくには、ハード面、ソフト面の充実に加え、先生方の前向きな取り組み姿勢が欠かせない。文部科学省 国立教育政策研究所 浅田和伸所長に、ICT普及状況や課題などについて伺った。

文部科学省 国立教育政策研究所 所長 浅田 和伸 氏

教育データサイエンスセンター新設
産官学の連携を進める

教育データ利活用の研究拠点となるセンターを新設

 国立教育政策研究所(以下、国研)は、教育政策に関する国立の総合研究機関として、学術的な研究成果を活かし、教育政策の下支えをする役割を担っています。国際社会において我が国を代表する研究機関であるとともに、国内の教育関係機関・団体などに情報提供や助言・支援を行ったりします。

 教育現場の方にとって身近な事業としては、全国学力・学習状況調査(以下、全国学調)や、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)、TIMSS(IEA国際数学・理科教育動向調査)などの国際共同調査研究などがあります。

 国際共同調査研究に参加することは、日本の子供たちの学力の状況や課題を把握する上で有益であるだけでなく、調査の手法などについてもさまざまな知見を得ることができます。例えば、PISAは2015年調査からCBT(コンピューター使用型調査)に移行しています。その実施を国研が担っていることで、全国学調等のCBT化の検討にも役立っています。

 全国学調のCBT化については、文部科学省の専門家会議のワーキンググループが2021年7月に行った「最終まとめ」において、今後、試行・検証による課題の抽出とその解決を繰り返し、段階的に規模・内容を拡充させながらCBT化の実現につなげるとしています。また、CBTへの移行と安定的な運営のために国研の体制強化が必要だとも提言されています。

 国研では、教育データを活用した研究の拠点になる「教育データサイエンスセンター」(以下、教育DSC)を2021年10月に新設しました。当面は、教育データサイエンス普及のための基盤整備、教育データの利活用に関する研究と支援、全国学調などのCBT化に向けた検討・準備などに取り組みます。

 教育再生実行会議の第十二次提言(2021年6月)でも、文部科学省、国研と大学・研究機関や地方自治体、民間事業者などとの連携、公的な教育データ・プラットフォームの必要性が提言されています。

 教育DSCでは、自治体・学校とのネットワークと、大学・研究者とのネットワークの双方を構築したいと考えています。前者は、特に自治体の教育研究所・教育センターとの連携が重要です。後者は、教育学部だけでなく、データサイエンス、社会学、経済学なども含め幅広い分野からの参画を想定しています。国研が自ら分析するだけでなく、データをオープンにしていろんな角度から見ていただいたほうが新たな知見が生まれます。

 国研の令和4年(2022年)度概算要求額は約52億円で、3年度の予算額約32億円の1・6倍以上を要求しています。これは決して欲張ったからではなく、必要最小限に絞り込んでのものです。主な増要因は、各種国際共同調査研究の実施が重なること、教育DSCで「公教育データ・プラットフォーム(仮称)」の構築などに取り組みたいこと、全国学調のCBT化に向けた問題開発や調査研究を加速することです。

ICTは「学びを止めない」ためのセーフティネットの役割も果たす

「教具」から「文具」へ
ICT日常化への期待

『教育は現場が命だ』(悠光堂 刊)
『教育は現場が命だ』(悠光堂 刊)

 2021年は「教育のICT(情報通信技術)元年」と言われています。同年6月に開かれた全国教育研究所連盟(以下、全教連)の総会・研究発表大会では、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの豊福晋平准教授から、「ICTが教育効果を発揮するには、ICTを、教員が特定の場面で使う『教具』から、学習者が日常使いする『文具』にしなきゃいけない」というお話をいただき、その通りだと感じました。

 また、現在のコロナ禍のような状況では、ICTは「学びを止めない」ためのセーフティネットにもなります。

 文部科学省は、全小中学校などの児童生徒に1人1台の学習用端末を配備し、校内に高速大容量の通信ネットワーク環境を整備する「GIGAスクール構想」を進めています。同省の調査では、2021年3月末までに96・5%の自治体で端末の納品が完了し、インターネットの整備を含め学校での利用が可能となっているはずです。

 学校現場が極めて多忙であることは、私自身も公立中学校の校長でしたので身に沁みて分かっています。その時の経験や文部科学省に戻ってから考えていることなどを2019年に『教育は現場が命だ』(悠光堂)という本にまとめました。現場の側の人間でありたいという気持ちは今も変わりません。

 学校はもともと忙しい中で、新学習指導要領の実施に向けて頑張ってエネルギーを注いでいたところに新型コロナウイルス感染症の直撃を受けました。GIGAスクール構想の加速も、前向きなこととはいえ、学校には負担にもなったはずです。日本の教育を支えているのは現場の教職員です。その現場が元気でいられるように支援するのが行政の役割だということを肝に銘じねばなりません。

 文具としての性格ということを考えれば、端末は自宅でも使えることが望ましいのは当然ですし、将来的には「BYOD(Bring Your Own Device)」に移っていくんじゃないでしょうか。機能もどんどん多様化・高度化するでしょうし、自分はこれを使いたいという希望や好みもあるでしょう。

 GIGAスクール構想における端末整備は、小中学校段階は国が直接予算措置をしていますが、高等学校は部分的な補助です。進学率が100%に近いとはいえ、義務教育ではないですし、現に中学校を卒業して高校生と同年代で働いている人もいます。義務教育後の教育の費用をどこまで公費でみるかは従前から議論があります。もちろん財政に余裕があれば費用がかからないに越したことはないですが。

 高等学校でも大学でも、これからは学習には個人用端末が不可欠でしょう。できることがぐんと広がりますから。私は高校時代、寮の先輩から古い参考書を譲ってもらって使っていましたが、端末は本よりずっと高価ですし、そうもいかないでしょうね。家庭の経済力は子供には何の責任もありません。本当に厳しい子供たちには支援の仕組みが絶対に必要です。

現場の多様なニーズを汲みデジタル教材の質向上を

文部科学省 国立教育政策研究所 所長 浅田 和伸 氏

 国研では2020年11~12月に、「高度情報技術の進展に応じた教育革新に関する研究プロジェクト」の一環で「ICTの教育活用についてのウェブ調査」を市区町村教育委員会と学校を対象に行いました。

 その結果、自治体の経済資本などのほかに、教育長の姿勢や校長のリーダーシップが、コロナ下でのオンライン家庭学習や学校での積極的なICT活用を可能にしていることが分かりました。教育長や校長自らが確かな授業観を持ち、ICTを使いこなすこと、また、児童生徒一人ひとりの違いに関わらず常に全員に同じ対応をしようと考えすぎないことなどが重要だということですね。

 先生方には、自身の授業や指導を、児童生徒にとってより豊かで効果的なものにするために、どんな使い方ができるだろうかということを考えていただきたいです。それはまさに、教えるプロとしての技量やアイデアの発揮のしどころです。

 教育におけるICTの活用には、ハードだけでなくソフト面が重要です。学習支援システムやデジタル教材の質が高まり、種類が豊富になれば、子供たちは参考書を選ぶように自分に合ったものを選べるようになります。もちろん、希望すれば手が届く、安価なものでなくては駄目です。ソフトの開発に当たられる皆さんが、教育現場や学習者の多様なニーズを丁寧に汲み取っていただくことを期待しています。

●教育データのフル活用で教育はこんなに豊かになる
●教育データのフル活用で教育はこんなに豊かになる
出典:文部科学省「教育データの利活用に関する有識者会議(中間まとめ)」を基に作成

デジタル教材の使い方研修など現職の先生方への支援体制が必要

困ったときの支援体制と受講しやすい研修の機会を

 実際に学校で日常使いすることを考えれば、何かあったときに助けてくれる支援員やヘルプデスク、サポート対応などの支援体制が必須です。同時に、各学校での展開には、先生方がデジタル教材などのICTを授業で使える実践力を高めていく必要があります。今後は教員養成段階からやっていくことになりますが、現職の先生方への支援も欠かせません。

 これも全教連の研究発表大会で報告された例ですが、奈良県立教育研究所では、県内の全教職員を対象に、デジタル教材の基本的な使い方、職務に合わせた専門知識、授業実践のための授業力などを身に付けることを目的としたオンライン研修「先生応援プログラム」を令和2年(2020年)度から始めています。参加者のアンケートを踏まえ、今年度からはオンデマンド型の研修を増やしたり、双方向型の「超初級」講座を開設したりするなどの改善も図っておられます。校内研修など教員同士の教え合い、学び合いも大切です。

 学校ではこれまで、スマートフォンなどの持ち込みを原則禁止したり、校内での使用を制限したりするところが多かったと思います。私の校長時代は後者でした。学校としては、生徒間のトラブルや紛失などの事故も心配だし、気持ちはよく分かります。でも、これからはそうもいかなくなるでしょう。子供たちにも、持ち主として責任をもって管理する力が求められますし、保護者の理解も必要です。

 SNSなどがいじめなどに使われることへの懸念もあります。でも、道具は何だって使い方です。ハサミや包丁も間違った使い方をすれば危険です。家庭を含め、常識ある使い方を学ぶことが大事だし、そのためには大人の社会が手本にならなきゃ。教育に限らず、ICT化はさらに進んでいくと分かっているんですから。

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