公開日:2021/11/18
教育熱心な風土を原動力に、“GIGAスクール”の裾野を広げる
市民全員でGIGAスクール構想を後押しできる市を目指して
―鹿児島県―
鹿児島市教育委員会・学校ICT推進センター
江戸時代から根付く教育法が今日まで脈々と受け継がれ、伝統的に教育熱心といわれる鹿児島。そのお国柄を生かし、鹿児島市ではこれまで積極的にICT環境の整備を進めてきた。GIGAスクール構想の時代を迎え、先駆者は何を見据えているのか。デジタル教科書や電子教材の活用状況、今後の方向性について鹿児島市教育委員会を取材した。
鹿児島市教育委員会 学校ICT推進センター
〒892-0816 鹿児島県鹿児島市山下町6-1
TEL 099-227-1925
全国に先駆けて進めてきたICT環境整備
鹿児島市は、情報教育に向けた取り組みを積極的に推進してきた自治体の1つだ。
2001年には全国に先駆けて、「Keiネット(鹿児島市教育情報ネットワーク)」という教育用ネットワークを導入し、鹿児島市立の全ての小・中・高等学校と教育機関をつないだ。
鹿児島市のICT環境整備が飛躍的に進んだのは2009年のこと。文部科学省らが提唱した「スクール・ニューディール」構想において、“21世紀の次世代教育環境”実現の一環として「ICT環境の整備」等を対象に計上された大型の補助金制度を活用したのだ。
この時に、市内の小・中学校全ての普通教室に50〜52インチの大型テレビと無線LANのアクセスポイント、各教室にノートPCを導入した。その後も段階的に、2013年には特別教室におけるグループ学習を想定したタブレットPCや、70〜82インチの電子黒板の導入を進めた。
計画的な環境整備が功を奏し、2015年の段階では、鹿児島市では既に「2人に1台」の整備ができていたという。
江戸時代から根付く「郷中教育」と「進取の精神」
ICTの早期導入に二の足を踏む自治体も多かった中、鹿児島市がここまで進めてこられた理由の1つに、鹿児島という土地の歴史的背景があるという。
「鹿児島県では、昔から『郷中教育』が盛んでした。これは、上の者が下の者を教え、下の者がその下の者に教えていくという教育法で、江戸時代から脈々と受け継がれ、幕末の薩摩藩の原動力になったとも言われています。それが今の『教育に対して熱心に取り組む』という本市の教育風土に受け継がれているのです」と語るのは、教育委員会の学校ICT推進センター所長を務める木田博氏だ。
それに加えて「鹿児島には『進取の精神』という気風がある」と教育部長の辻慎一郎氏は言う。「新しいものを取り入れていくことで時代を切り拓く、これが鹿児島の県民性であり鹿児島市民にも根付いている精神です。その観点から、ICTについても色々なことを先んじて進めていこう、という流れができています」
裾野を広げるGIGAスクール推進策
自治体によってGIGAスクール構想の推進レベルはさまざまだが、鹿児島市における躍進の秘訣はどこにあるのだろうか。
「こういうことは、ややもすると教育委員会の担当課や学校のごく一部の先生だけが盛り上がってしまいがちですが、それではGIGAスクール構想の推進は限定的になってしまう」と辻氏。「市民や保護者の皆様にも『“GIGAスクール構想”って何?』というところを理解していただくことを第一に意識しています」
その言葉通り、まずは教育委員会の指導主事80名を対象とする研修を皮切りに、教育委員会全体、そこから市役所の行政職員と、GIGAスクール構想についての研修を段階的に進めていった。
教育委員会内で理解が進んだ上で、生涯学習課や市のPTA連合と連携し、今年2月には全学校のPTA役員数名ずつを集めた講演会で講話をし、各校に認識を広めたという。「各校からも『GIGAスクール構想について保護者に説明してほしい』という要望があるので、積極的に出向くことを心がけています。また市民の方々からの要望を受けて、出前トークも行っています。そうすることで自ずとメディアに取り上げてもらう機会も増えるので、インターネットでの広報活動と併せて、市全体が盛り上がっていくイメージで取り組んでいます」と辻氏は話す。
オリジナルのマンガ教材で子供たちのICT活用をサポート
GIGAスクール構想が始まり、1人1台端末の整備を進める中で、市内の全児童生徒に配布したのが、「レッツ! ICT活用!」というマンガ教材だ(図1参照)。20ページほどの冊子で、インターネットの説明をはじめ、さまざまな項目ごとに4コマ漫画が描かれている。内容については学校ICT推進センターのメンバー全員で検討し、イラストが得意な当時の同センター職員が形にしたという。
「GIGAスクール構想について、保護者にも理解していただくことを念頭に置きつつ、まずは学校の先生方と子供たちに理解してもらえるようにと作成しました。内容としては、GIGAスクール構想とは何か?から始まり、今後は授業がこんな風に変わりますよ、だとか、タブレット端末の使い方、机上にどう配置すると使いやすいかなど、具体的なところまで示しています」と同センター指導主事の川原省吾氏は説明する。
市内で5万部配布した本教材は、他の市町村から「参考にしたい」という問い合わせが多く寄せられるという。
教育用ネットワークによってICT教材の活用を促進
前述のKeiネットは、導入から早くも20年が経過し、今では学校の教育活動を日常的に支える存在となっている。イントラネットとすることで、外部への情報流出を防ぎつつ、ネットワーク内部では簡単かつ安全に情報を共有できるのが大きな特徴といえる。
タブレットPC仕様のトップページには、授業に必要なさまざまなサイトが学校ごとにカスタマイズされた状態で最初から登録されている(図2参照)。
指導者用のデジタル教科書もトップページからすぐに選択して使えるようになっている他、各教員から1000を超える教材が既にアップロードされ、共有されている。
授業支援ソフトの活用研修
教育委員会では市全体で導入している授業支援ソフトの活用に向けた教員研修も多く実施している。
「研修では、指導案をもとに実際に授業を作る演習を行っています」と川原氏。
例えば「国語の場面では、意見を共有する時にこの機能を使ったらいいですよ」と具体的に提案し、教員に実際に体験してもらう。単なる操作方法だけでなく、各教科の特徴に合わせたソフトの使い方を説明することで、教員が活用の場面をより具体的にイメージできるよう工夫しているという。
研修の中では、教員にその場で考えてもらう時間も設けられており、まさにアクティブ・ラーニングの手法が生かされている。
校務におけるICT活用
〜Teamsの運用〜
鹿児島市では授業におけるICT活用だけでなく、校務においてもMicrosoftのTeamsの活用が進んでいる。
現在、積極的に手を挙げた市内の小学校10校、中学校6校の計16校が令和3年度の学習者用デジタル教科書の実証事業に取り組んでいるが、学校ICT推進センター指導主事の永田千章氏によると、実証事業では教科書会社と各学校が直接やりとりをするため、それぞれの学校が今どんな実践をどこまでしていて、どんなことに困っているのかなどの実態が、これまではなかなか見えてこなかったという。また、情報交換の仕組み自体が、各学校と教育委員会を直線的に結んだものでしかなく、「指導する側」と「される側」という立場の違いもあって、ざっくばらんな情報交換ができないという課題もあった。
そこで、同センターではその打開策としてTeamsを利用した情報共有システムを構築した。16校の校長や教頭をはじめ、学習者用デジタル教科書を使う全ての教員を含む総勢150〜160名のチームを1つ作り、その中に「各学校で困っていること」「おすすめの実践例」といったチャネルを作成。それにより、学校間での情報交換のみならず、各教科の担当間での情報交換も積極的に行われるようになった。
「Teamsの中で『困っている学校もこんな情報があれば助かるよね』といったものを学校同士でどんどん気軽に共有してもらうことで、校務の軽減、充実化を図っています」と永田氏は話す。
さらに学習者用デジタル教科書の実証事業だけでなく、教育委員会主催の研修や会議(管理職会議等を含む)の中でも、同様の情報共有システムを構築し、縦及び横の情報交換の連携の強化に努めているという。
「研修の中では、Teamsに質問が来たら各校がどんどん回答を入力していくので、とても活気づいています。我々もそれを読むことで新たな発見や学びがあり、非常に充実した取り組みだと感じています」と永田氏。またオンライン会議の際には、その録画データをそのままTeams内で共有し、必要な時に誰でも再視聴できるようにしておいたり、都度チャットで意見交換したりと、Teamsのさまざまな機能を日常的に活用している。
「2学期以降もTeamsを積極的に活用し、教育委員会と学校という縦の関係ではなく、教育委員会も1つの輪の中に入って、『それぞれの学校+教育委員会』の情報交換をすることで、鹿児島市全体として、今後も教育に関わるさまざまな施策を推進していきたいですね」と永田氏は今後に期待を寄せる。
市内のICT活用を支える県域教育用ドメイン
このように、教員や教育委員会のメンバー誰もがMicrosoft Teams で自由につながることができる背景には、鹿児島県内における「県域教育用ドメイン」の普及がある。
県内の市町村では調達端末に搭載されたOSが、自治体ごとに異なっている。「県域教育用ドメイン」を活用すると、県内の公立小・中・義務教育学校、特別支援学校、高等学校に在籍する児童生徒及び教員が、県内の公立学校であれば、どこに転校しても、どこに異動しても同じアカウントを使用でき、小中高12年間にわたって学習成果の保存や編集・活用が可能となる。
「子供たちや先生方が、利用端末にかかわらず、これまで作った課題や教材のデータを、セキュリティを担保した上でどこへでも持っていけるようにしたかった」と県域教育用ドメインの構築に関わった木田氏は話す。各市町村やベンダーに対して何度も丁寧な説明を重ねることで、今年の春に実現したという。
「おそらくMicrosoftもGoogleも紐づいた県域教育用ドメインを運用しているところは全国で鹿児島県だけでしょう。Windowsの市町村からChromeの市町村に移っても、OneDriveもGoogle Driveも使えます。市町村や学校によってメインで使うものは異なるかもしれませんが、それに関係なく子供たちは継続した学習が可能になるし、教員も自分が使ってきたデータを再利用したり再編集したりできるようになります」
また、「GIGAスクールにおいて、データ管理はクラウドベースで進んでいきます。本県の場合は教員の異動が県内全域となるため、県域をまたいでも今までのデータを活用できる体制づくりが今後は重要になっていくでしょう」とも木田氏は推測する。
学校ICT推進センターでしかできないチャレンジを
辻氏は次のように言い切る。「守りに入るような教育ではなく、常にチャレンジしていきたい。『学校ICT推進センター』には、どんどん新しいことをやってほしいし、それが子供たちの成長につながっていくと考えています」
同センターでは、日頃の話し合いから次々と新しいアイディアが生まれるという。その1つが小・中・高校生対象の「未来型デジタルスキルコンクール」だ(図3参照)。「子供たちのアウトプットをちゃんと評価してあげられるようなコンクールを作りたかった」と木田氏は話す。
コンピュータグラフィック部門を含む同コンクールは既に10年ほど開催されているが、今年度からは、よりデジタルスキルに特化したものにリニューアルした。キーワードは「社会に出て自分をプレゼンする能力」だ。
「(チラシを指して)ひと昔前は、例えばこういったマンガ的なイラストを描く子は学校教育の中では評価されづらかったですよね。でも、ここでちゃんと評価されることで将来に向けてそういった道が開けるのであれば、ぜひとも、きっかけを作ってあげたい。これは我々の部署でしかできないことだと思って進めています」(木田氏)
既存の感覚にとらわれず、さまざまな方向からICT活用とGIGAスクール構想の推進策を講じる鹿児島市。そこで育っていく子供たちの将来が楽しみだ。
教育部 学校ICT推進センター
指導主事
川原 省吾 氏
教育部 学校ICT推進センター
指導主事
永田 千章 氏
教育部 学校ICT推進センター
所長 文科省ICTアドバイザー
木田 博 氏
教育部長
文科省ICTアドバイザー
辻 慎一郎 氏