「生成AIは学習の補助ツール」の前提で満足度の高い授業づくりに役立てる

京都大学
国際高等教育院
附属国際学術言語教育センター
金丸 敏幸准教授

日本の英語教育は、ChatGPTに代表される生成AIの登場でどう変わるか。ChatGPTの特性を踏まえた語学学習支援システムとの組み合わせなど、多くの教育現場で最適解を目指した模索が続く。京都大学の金丸敏幸先生は、「学習者や先生などそれぞれの立場に合わせた適切な使い方を皆で考えることで、社会にとって有意な付き合い方にたどり着く」と提案する。

「生成AIは学習の補助ツール」の前提で満足度の高い授業づくりに役立てる

日本の小学校・中学校・高等学校では
英語を学ぶ「目的」を持ちにくい

ここからの10年の取り組みが日本の英語教育を決定付ける

 日本の英語教育では「聞く・話す・書く・読む」の4技能の習得が中心です。しかし2022年度からの高等学校の新学習指導要領では、伝統的な4技能に加えて、自分の考えを相手に伝えたり議論したりする「コミュニケーション能力」が重視されるようになりました。

 その一方で、ChatGPTに代表される生成AI(人工知能)の教育現場での応用も始まっています。生成AIが児童や生徒、学生の英語教育にどのようなインパクトをもたらすかは、ネイティブ英語圏を除く、アジアなどの国々に共通の関心事です。

 しかし、日本は少し事情が異なります。高等学校の英語の先生からは「生徒が英語を学ぶ目的を持ちにくい」との意見をよく聞きます。シンガポールなどと違い、周囲の大人で普段から英語を使っている人はほとんどいません。多くの仕事は日本語だけで対応できます。大学入試を考えると英語でのコミュニケーション能力を磨くより、受験英語の偏差値を上げることが主眼になってしまうからです。

 つまり、現在の日本の英語教育は、子供たちが「なぜ英語を勉強するの?」という疑問を抱き続ける状況は変わらないにもかかわらず、教えるべきポイントの転換(=コミュニケーション能力重視)と画期的なデジタルツール(=生成AI)の浸透が同時進行しています。まさに節目のタイミングと言えるでしょう。ここからの10年の取り組みが、将来の日本の英語教育のかたちを決定付けると見ています。

文章の流れから展開を推測し、可能性の高い単語を順番に出力

 その10年の取り組みの軸の一つになると思われる生成AIは、これまでの機械翻訳と比べるといくつか違いがあります。例えば「推測力」。機械翻訳と違い、生成AIの翻訳はさまざまな情報を基に出力するので、学習者の意図に沿った文を出力する確率が飛躍的に高まりました。それだけでなく、文章の要約や学習者の意見を書かせる課題にも十分対応できます。

 ChatGPTは、人間の脳をモデルにしたニューラルネットワークと呼ばれる数理モデルを基に大量のテキストを学習したシステムです。文章の流れから今後の展開を推測して次に来る単語を学習しています。出力の際は、学習を基に次に来る可能性の高い単語を一つ一つ順番に出力しているだけです。ただし、解答例があるとそれに合わせた出力が行われます。だから、利用の際はテンプレートを用いたり、変更点を明示したりするなど望ましい回答を得やすい質問をすることがコツです。

 この便利なChatGPTが日本の英語教育で問題視されるのは、「根本」を覆す可能性があるためです。外国語の習得には、その言葉によって自らの考えを、適切な言語使用で、論理的に構成して、伝える能力が重要です。日本の多くの子供は、小学校・中学校・高等学校を通して、英語に関する主体的・対話的な姿勢や表現力を身に付けることを目指します。

 ところが、ChatGPTは自らの考えをまとめる、適切な言語を選ぶ、文章を論理的に構成する、のいずれの面も大半の学習者の能力を上回ります。現在のChatGPTの英文生成レベルは、英語圏の標準的な大学生並み、日本人大学生なら最上位クラス相当です。通常の和文英訳だけでなく、一般的な大学の英文レポート課題ならば、テーマなどのアイデア出し、適切な言語使用、論理的な構成、すべてChatGPTに「お任せ」できる状態と言えるでしょう。結果として、本人の実力以上の英文レポートが提出されることもあり得るため、先生がその学生の英語力に関する公平・公正な評価は困難、というよりも実質不可能となってしまいます。

 文部科学省が2023年7月に「大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて」と題したガイドラインを公表したのも、そのような危機感が背景にあると考えます。同ガイドラインでは、大学・高専の学修は学生が主体的に学ぶことが本質であり、生成AIの出力をそのまま用いてレポートなどの成果物を作成することは、学生自身の学びを深めることにつながらないため不適切であると指摘しています。生成AIの利活用が有効と想定される場面としては「学生による主体的な学びの補助・支援」を挙げ、ブレインストーミングや論点の洗い出し、情報収集、文章校正、翻訳やプログラミングの補助などと説明します。

学習者にとっては「気の利いた壁打ち相手」、
先生には「事務処理の優秀なアシスタント」

「聞く・話す・書く・読む」を自分のペースで磨くことが可能

 日本の英語教育におけるChatGPTの位置付けは、学習者と先生それぞれの立場でのメリットを整理するとより良い活用法が見えてくるのではないでしょうか。前者にとっての利点は「聞く・話す・書く・読む」の4技能を自分のペースで磨くことができる点です。

 たしかに、英語学習の「読む」と「聞く」は一人でもできます。しかし、「話す」と「書く」は誰かにチェックしてもらわなければ進みません。自分の話した内容をテキスト化してChatGPTに添削してもらえば「話す」訓練につながるでしょう。「書く」も同様です。学習者にとっては英語学習の専属トレーナーとなります。また、ある英語ニュースを読み込ませて「こういう文脈で要約して」と指示すれば、要約の手本を得ることができます。工夫すれば、自己添削や解答例の作成も思いのままです。

 もちろん、先ほど紹介した文部科学省のガイドラインが危惧するような「学生自身の学びにつながらない」リスクへの備えは必要です。例えば、ChatGPTは学習者の英語力を超えた出力をすることがあります。そこで、「プレーンイングリッシュで書いてください」と指示をして、日常的なレベルに制限した英文にする工夫も必要です。何でもできるからこそ、適切な指示が求められるツールです。

 このように学習者にとって「自分のレベルに合わせてくれる気の利いた壁打ち相手」のChatGPTは、先生にとっては「事務処理スキルが高い優秀なアシスタント」になり得ると言えます。「学生からのコメントを内容ごとにまとめて集計してください」と指示すれば、授業のコメントをキーワードごとにグループ化してくれます。ChatGPTの有料プランなら、CSVやエクセル文書などの形式でデータを与えると、それを分析するためのコードを生成した上で、結果をグラフ化して提示してくれます。「なぜその分析手法を使ったのか?」と入力すれば理由も分かるので、授業アンケートの回答結果をカリキュラムの改善に役立てることも容易でしょう。

 また、教材作成の役にも立ちます。英語ニュースを読み込ませて「英語ニュースに関連した問題を20問作成してください。そのうちの10問はイエス/ノーで回答できる問題にしてください。残りの10問は自由記述の問題にしてください。問題の後に、それらの模範解答を載せてください」のように入力すれば、こちらのリクエストに沿った問題や解答例を瞬く間に出力してくれます。

 現時点の英語教育でChatGPTを活用しているのは、流行に敏感で自ら情報収集を行い積極的に試してみる“アーリーアダプター”の先生や学生だと思われます。知り合いの先生は学生が英語レポートを提出する前にChatGPTを使って文法チェックをするように指導しています。これまでは英文レポートを課すと、文法の間違いが多過ぎて、添削するとき自分が「グラマーチェッカー」になった気分でひたすら文法ミスを修正していたそうです。ところが、レポート提出前にそれぞれの学生がChatGPTでチェックするようにした結果、文法ミスが大幅に減り効率的に添削できるようになりました。グラマーチェッカーの役目を返上して浮いた時間は、英語圏の文化や慣習を踏まえた文章の組み立て、ディスカッションの流れといった、本来教えたかった指導に使えるようになったということです。

 「生成AIは学習の補助ツール」と捉えると、PC教室用のCALLシステムやBYOD向けのMALLシステムなどの語学学習支援システムの役割を見直すことにつながります。ChatGPTのような生成AIがあるとはいえ、学習者自身に学習のための教材を作らせたり、自分自身で評価をしたりするわけにはいきません。教育現場では、先生が教材をきちんと届けたり、責任をもって英語力をチェックしたりするCALLシステムやMALLシステムが必要です。

 さらに、学生にCALLシステムやMALLシステム経由で課題を提示し、回収した回答をChatGPTに分析させ、その場で苦手な類似問題を作らせる。それをCALLシステムでその学生に届けることができれば、より効果的に授業の理解を深めることができるでしょう。CALLシステムやMALLシステムで吸い上げた学生の意見をChatGPTに分析させ、結果を次の授業に活かしながら、学生の満足度の高いカリキュラムを構築することも可能になります。

CALLやMALLの語学学習支援システムと
生成AIを組み合わせ、英語力を公平・公正に評価

「生成AIの有効活用のために英語を学ぶ」という新たな目標

金丸 敏幸 准教授

 ChatGPTと英語教育を巡る議論では、「もはや英語を学ぶ必要はない」など極端な意見もあります。一見正しいようにも見えますが、これには注意が必要です。

 今のChatGPTには、文章全体を調整することはできても、一部だけ修正することは難しい、あるいは、同じ質問でも解答が一定でないなどの弱点があります。さらに、生成AIが出力した英文や解答が必ずしも正しいとは限りません。これらを見極めるには、一定水準の英語力を身に付けることが不可欠です。その上でChatGPTに全部任せるのではなく、学習者や先生といった立場に合わせた適切な使い方を考えるほうが、社会にとって有意な付き合い方にたどり着くことができるのではないでしょうか。

 この発想に立てば、日本の英語教育が長年直面してきた「生徒が英語を学ぶ目的を持ちにくい」との課題に一つの解を提示できます。これからの社会では、生成AIの存在感はますます高まり、生成AIを使ったコミュニケーションが当たり前になるでしょう。英語を学ぶ目的が受験のためでなく、「生成AIで英語を上手に使いこなすため」となれば、子供たちの夢はもっと簡単に世界とつながります。生成AIの助けで本当にやりたいことが実現できるようになった時、日本の英語教育は新たなフェーズに突入すると考えます。


※ご紹介させていただいた所属・役職は2024年3月1日現在のものです

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