公開日:2008/9/29

大学英語教育の過去、現在、未来 「学力保証」を考える。

 文科省が発表した「平成19年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況」によると、昨年度の国公私立大学入学者約60万人のうち、アドミッション・オフィス(AO)入試もしくは推薦入試で入学した者は、約25万8000名と43%に達した。私立大学に限って言えば、一般選抜入学者約23万6700人に対し、AO・推薦入学者が約23万7400人。実に入学者の過半数がAO・推薦入学であるという現状が明らかになった。短期大学を加えれば、その割合はさらに上昇する。
 大学への入学経路が多様化し、入学者の学力にも大きな幅が出始めた今、各大学は学生への「学力保証」に力を入れ始めている。特に、英語力の「学力保証」は緊急課題となりつつある。

※ESP(English for Specific Purposes) 学問的背景や職業などの固有のニーズを持つことにより区別され同質性が認められ、その専門領域において職業上の目的を達成するために形成される集団『ディスコース・コミュニティ』の内外において、明確かつ具体的な目的をもって英語を使用するための言語研究、およびその言語教育のこと。
*本座談会は、芝浦工業大学様のご好意により、会場をお借りして行われました。

リスニング力は伸びている。でも文法力や語彙力が弱い。
これが、大学生の最近の傾向。

 現在、大学において課題となっている、英語力の学力保証について、ここでは、大学英語教育学会 ESP研究会(JACET-SIG on ESP)に所属している12名の先生方にご協力をいただき、大学英語教育について、座談会形式でお話いただいた。

大学生の英語力の現状は、
「二極化」が進行中!

山崎敦子・芝浦工業大学教授(以下山崎)
 今日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。本日の座談会では、学生への学力保証についてディスカッションしたいと考えていますが、まずは最近の新入生にみられる英語力や学ぶ力の傾向について、みなさんのお考えや印象をお聞かせください。

藤田玲子・東京経済大学特任講師(以下藤田)
 最近の学生は、リスニング力は上がってきています。中学校や高校でALTの配置が進んでいる影響でしょうか。一方で、リーディング力や語彙力は低下している印象を受けますね。

斉藤早苗・東海大学准教授(以下斉藤)
 おっしゃる通り、この数年間で考えてみると、スピーキング力に比べてリーディング力やライティング力が下がってきています。これは英語だけでなく、国語でも同じことが言えます。ゆとり教育の影響でしょうか。

松本明子・東京電機大学インストラクター(以下松本)
 学生たちからも、「おれたちはどうせ”ゆとり“だから、できなくても仕方ない」と半ば自嘲、半ば諦めの声が聞こえてくるんです。ちょっと心配ですね。

菱田一三・東海大学教授(以下菱田)
 できる学生とできない学生の二極化が進んでいると感じます。公立の高校出身者と、私立高校もしくは公立の中高一貫校出身者とで、学力に開きがある。
 公立高校出身者は、リスニング力はそこそこあるのですが、文法力や語彙力が弱い。カタコトでもいいから喋れればいい、なんとか意思疎通できればいいという風に誤解している気がします。

小林薫・大学非常勤講師(以下小林)
 私も能力別のクラスをいくつか受け持っているので、二極化の進行はまざまざと実感しています。
 上級クラスの学生たちは毎年毎年力が上がり続けているのに対し、下のクラスの学生たちは毎年力が下がっているのです。

Terry Fieldsend・芝浦工業大学非常勤講師(以下 Terry)
 能力差は確かにありますね。リスニング力にも差がでてきている。また語彙力の低下という点では、専門分野のボキャブラリーが欠けていると感じます。

恒安眞佐・芝浦工業大学非常勤講師(以下恒安)
 今の学生は、学力というよりクリエイティビティに欠けている。潜在的な英語力はあるけど、自分で考えてプロデュースしたり、自ら発信する力が弱いですね。

Andrea Little・大学非常勤講師
 私も8年間大学で英語を教えていますが、リスニングとスピーキング力はすごく上がっています。しかし、リーディングとライティングの力は下がってきていますね。

モチベーションを上げれば学生は伸びる。
その手法としての、ESP

辻和成・姫路獨協大学教授(以下辻)
 みなさんのおっしゃる通り、学生のリーディング力やライティング力は落ちていると感じます。でも、入学時の学力が低くても、動機付けさえすれば学生は伸びると思うのです。
 たとえば2年生の段階でTOEIC®300点点台だった学生が、卒業までに800点台を取ったケースを、私は何人も見てきました。
 その一因は、「英語力はあなたたちの夢・目標をかなえるために、必ず役に立つ」ことを説き、学生たちにキャリア向上のために英語を学ぶ意義を伝えていることです。その結果、モチベーションが高まった学生は急激に伸びています。
 教える側がしっかり動機付けをしてあげれば、どんどん学力をつけていく学生が多いのに驚かされます。

学生の英語力の向上を図ることは、学力保証の一つ。
だから今、大学は求められている。

ホートン広瀬恵美子・芝浦工業大学准教授(以下ホートン)
 リスニングやスピーキング力が伸びている一方で、リーディングやライティング力が落ちているという現状も、「モチベーション」の問題がからんでいると思います。
 たとえばリスニングやスピーキングは、従来の日本の英語教育に欠けており、このままではいけないとこれまで言われ続けていましたよね。それがモチベーションとなって、学校を含めた日本社会全体が、リスニング力やスピーキング力の育成に力を入れた。
 その結果、ここ数年で力がつき始めているのだと思います。
 しかし、リスニングやスピーキングが強調された反面、リーディングやライティングが軽んじられる傾向がありました。もっとも、受験英語は別ですが。それが、文法や語彙力の低下につながっているのではないでしょうか。
 リスニングとスピーキング、リーディングとライティング、「どちらか一方だけ」の教育では、いずれ伸び悩みます。スピーキングやリスニング力も、今まで低かった分急激に伸びてきていますが、これ以上伸ばすには、やはりリーディングやライティング、文法や語彙といった基礎的な力が不可欠です。

 モチベーションアップという観点で言えば、学生に「目標」を持たせることが効果的でしょう。
 たとえば私は、学内の新聞で「実社会で求められている英語力」と題し、就職活動が本格化する3年生の後期が始まるまでにTOEIC®でこれだけの点を取ってほしいという目標を示しています。たとえば英語学科生なら660点(IELTS 6)。英語学科以外の外国語学部生なら、590点(IELTS 5.5)。その他の学部は、520点(IELTS 5)という具合です。さらに、将来海外留学や海外勤務を目指している人は、留学のタイミングあるいは卒業までに730点(IELTS 6.5)以上を目指してください。大企業で幹部候補生を目指すなら、30歳までに810点(IELTS 7)レベルの英語力を目指してください。そしてできるならば、頑張って在学中に810点取りましょう! と呼びかけています。
 その結果、先ほど述べた通り、「キャリアを育てる英語力」の意識を持った学生たちはぐんぐん伸びています。入学時にはTOEIC®が300点以下だった学生たちの中からも、700点台や800点台を取る学生が出ています。

菱田 TOEIC®は、英語力を測る物差しとして便利ですよね。教え方、学び方が正しければ、点数が伸びる。間違っていれば、伸びない。
 ただし、TOEIC®はリスニングが易しくて点を取りやすいという特徴がありますから、そこに留意する必要はあるでしょうね。

山崎 学生たちの英語力を伸ばすには、動機付けが鍵を握る。私たちESP研究会にとっても、学生のモチベーションをいかに高めていくかは重要な課題の一つですね。

菱田 そういう意味では、専門的な知識を学ぶESPは、モチベーションの高揚に効果的でしょう。具体的かつ専門的な知識を得ることは、学生にとっても教員にとっても知的好奇心をかきたてられる楽しい行為ですから。

松本 私は工学部の学生たちに技術英語を教えているんですが、四則演算やピタゴラスの定理などを英語で読み書きさせると、学生たちはとても興味をもって取り組むんです。「楽しい!」という声も聞こえてきます。自分の専門に直結した英語学習は、確実にモチベーションを高めていますね。

恒安 私は英語で書かれた論文を教材にして、「今しっかり学んでおけば、あなたたちもこの教材のように英語で科学的な論文を書けるようになるんだよ」と伝えています。自分の将来像をイメージできると学生たちの学習意欲はアップしますね。

小林 教材によって、学習態度はガラリと変わりますよね。一般的な英語教材よりも、たとえばバイオエシックスについて英語で書かれた教材の方が、学生たちは真剣に読んでくれます。

藤田 一般的な英語教材は、中学・高校でずーっと学んで来ているので、同じことを大学でやっても興味が湧いてこないんでしょうね。それよりは、将来のキャリアや専門分野につながる教材を使った方が、学生も意欲的に取り組みやすいと思います。

斉藤 ただ、学生全員がそうかと言われると疑問も残ります。
 私は経済学部の学生に教えているのですが、経済やビジネスがらみの教材だけだと、うつむいてしまう学生が出てくるんです。ですから、たとえば学生たちの好きな「スポーツ」を入り口に、スポーツビジネスに関する教材を使ってみるなど、一般的な話題をベースに、少し専門分野に寄ったような教材を選ぶように工夫しています。

山崎 モチベーションを上げるという点では、1年生の意欲向上も重要な課題です。入学したばかりの1年生は専門的な知識も持っていませんし、受験英語しか身につけていません。

ホートン 数年前に学生にアンケートを取ったのですが、1・2年生の英語学習意欲は、「外国人と話せるようになりたい」「洋画を字幕無しで見られるようになりたい」といった、とても安易なレベルなんです。この先どういう英語を身につけたいのか、身につけるべきなのかが、先を見据えた目標を持っていない学生が多いように思います。このままの状態で英語を漠然と学んでも、後に何も残らないという事態になってしまいます。
 これを防ぐには、1・2年生という早い段階で、「こういう英語力を身につけておけば、将来こんな場面で役立つよ」という具体的なイメージを見せ、気付かせ、確かなモチベーションを持たせるべきでしょう。

Maggie Lieb・明治大学 例えば、海外語学研修へ参加する学生には、「ライフスキル」「ソーシャルスキル」「アカデミックスキル」を教えます。そして、学生のモチベーションを維持するためには、これら3つのスキルを学んだという自覚を持たせることが大切です。

各大学で進められている
「学力保証」の取り組み

山崎 今、大学では、「学生の英語力を向上する。学力を保証する」ことが至上命題になってきていますが、みなさんの大学では学力保証のためにどんな取り組みが行われているでしょうか?

ホートン 芝浦工業大学では、2006年にカリキュラムを改定して「基底科目」(※)を新設。英語が選択科目から必修科目になりました。
 カリキュラム改定前は、それこそ英語を1単位も取らずに卒業していくことも可能でした。近年は大学への入学経路も多様化し、学生の英語力にも「幅」が出てきましたから、これを何とかして是正したいというのがねらいです。
 この新カリキュラムでは、まずプレースメントテストで学生たちを習熟度別のクラスに分けます。2年終了時までに基底科目全てを修得、及び各認定試験を合格しなければ、場合によっては自主退学勧告もありうるというかなり厳しい制度になっています。
 さらに基底科目をクリアした後は、「上達科目」「上達科目2」を学んでいきます。この3段階のステップで学生の学力を伸ばすことで、「出口(卒業時)での学力保証」を実現しようとしているのです。

※基底科目:工学部の学生ならば最低限習得しておく べき基礎学力を学ぶ科目。物理、数学、化学、英語の 4教科。工学部の学生全員が必修で、2年終了時に なるまでに全ての基底科目の修得を終え、認定試験 に合格する必要がある。

斉藤 東海大学でも、「入り口」から「出口」まで段階的に学ぶ実験的なカリキュラムを組んでいます。
 まず1年生では、「Study Skill」という必須科目で、プレゼンテーションスキルやリーディングスキル、ライティングスキルなど、少なくともこれだけは修得しておきたい事柄を学びます。
 「Study Skill」の次には、選択科目でより細分化されたESP的な学びを実施。さらにもっと専門的に学びたいという学生には、「PCP(Professional Career Planning)コース」を用意し、より専門的で企業人として役立つスキルを学びます。
 「Study Skill」で学力保証を行いつつ、学力上位の学生は「PCPコース」等で更に伸ばすのが、このカリキュラムのねらい。その成果か、この10年で学力上位の学生の伸びが目立つようになっています。

藤田 東京経済大学でも、ボトムアップとプルアップの両方の視点で、カリキュラムを定めています。
 入学時のプレースメントテストで習熟度別のクラスに分け、それぞれの学力に応じた講義を受講。もちろん必修で、週2回の「eラーニング」と、週2回の「コミュニケーション」を受けます(後期はさらにコミュニケーションの授業がプレゼンテーションスキルのクラスに発展)。
 プルアップという観点では、TOEIC®高得点とった学生には2年次から、アドバンスコースと呼ばれるハイレベルな英語クラスや英会話教室の無料講座などを用意しています。また、ボトムアップという観点では、キャンパス内に英語アドバイザー室を設置。アドバイザーが常駐し、学生がいつでも英語の勉強方法などについて相談できる体制を整えています。

松本 東京電機大学では、高校までに習った文法問題が中心の「文法細目試験」を実施しています。
 これは自主学習型の試験で、学生はインターネット経由で試験の予約を入れ、学内のコンピュータ室で受験。合格した数が、講義の評価にも反映(10%内)される仕組みです。
 ゆとり教育世代が入学し始めた2006年から開始されましたが、やる気のある学生は空いた時間を利用して積極的に学び、どんどん伸びています。その一方で、消極的な学生との学力差が広がっているなど、今後の課題も浮き彫りになっています。

山崎 みなさん、貴重な報告とご意見をありがとうございました。
 入学してくる学生たちの学力にこれほどバラツキがある今、私たち教員に何ができるか。どのように学力保証を行っていくべきか。今後も重要な課題であり続けると思います。ESP的な視点を取り入れる、学生のモチベーションアップをサポートする、そしてeラーニングを活用して自主学習を促すなど、その手法はさまざまでしょう。
 学生を支えるのが私たち教員の役割であると肝に銘じ、今後も学生たちの学力を保証し、将来を保証する教育を行っていきたいですね。

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[上段] 姫路獨協大学 辻 和成教授(ESP研究会 代表)/芝浦工業大学 山崎 敦子教授(本座談会 座長)/芝浦工業大学 ホートン 広瀬 恵美子准教授(ESP研究会 副代表) [中段] 東海大学 斎藤 早苗准教授/芝浦工業大学 Terry Fieldsend講師/東海大学 菱田 一三教授 [下段] 明治大学 Maggie Lieb特任講師



 

座談会にご参加していただいた先生方

姫路獨協大学 教授 辻 和成(ESP研究会 代表)
芝浦工業大学 教授 山崎 敦子(本座談会 座長)
芝浦工業大学 准教授 ホートン 広瀬 恵美子(ESP研究会 副代表)
芝浦工業大学 非常勤講師 恒安 眞佐
芝浦工業大学 非常勤講師 Terry Fieldsend
東京経済大学 特任講師 藤田 玲子
東海大学 准教授 斎藤 早苗
東海大学 教授 菱田 一三
東京電機大学 インストラクター 松本 明子
明治大学 特任講師 Maggie Lieb
大学非常勤講師 小林 薫
大学非常勤講師 Andrea Little
(順不同・敬称略)

 

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