公開日:2010/9/30
『学士課程答申』後の大学改革の進捗を探る
前号の特集で『学士課程教育の構築に向けて』(中教審・平成20年12月答申)をご紹介したが、大学においては、この『学士課程答申』を指針として、教育内容の改善を図る取り組みが積極的に行われている。
文部科学省は、答申1年後の平成21年12月から平成22年1月に、各大学における教育内容等の改革状況について調査を行い、その結果をとりまとめ、5月下旬に公表した。ここでは、『学士課程答申』に触れつつ、今後の大学改革のポイントとなる項目について、今回の調査結果と照合し、答申後の進捗状況を確認してみた。参考にしてほしい。
文部科学省による調査要項
○調査対象:国公私立大学747大学(通信制大学、短期大学、平成20年度において学生の募集を停止した大学を除く。放送大学を含む)
○調査方法:全大学に対し調査票を送付し、記入後に調査 票を回収、集計。
○実施時期:平成21年12月〜平成22年1月
○回答率:100%
■大学教育の「質の保証」関連状況
『学士課程答申』において、「大学とは何か」という問題意識が希薄化し、ともすれば目先の学生確保の必要性が優先される傾向がある中、我が国の大学、学位が保証する能力の水準が曖昧になることや、学位そのものが国際的な通用性を失うことへの懸念も強まってきている、と大学の質の保証に警鐘を鳴らしていた。
【人材養成の目的設定及び公表】
大学の質の保証に関連して、文部科学省は、平成20年度から、学部段階において「人材養成の目的」を定め、公表することを義務化した。
その結果、「人材養成の目的を定めている大学」は、義務化初年度で、646校(89%)に及び、そのうち「学内外に公表している大学」は、555校、「学内のみで参照可能な大学」は、86校であった。
大学全入時代の昨今、多くの大学において、大学入試の選抜機能が低下し、入試によって入学者の学力水準を担保することが困難な状態と言われていることからも、どのような人材を育成するかを明らかにすることは受験者にとっても重要なことであり、すべての大学・学部の公表を願いたいところである。
【シラバスによる成績評価基準等の明示】
『学士課程答申』における三大方針の一つである「教育課程編成・実施の方針(カリキュラム・ポリシー)」に謳われた、授業の概要や計画等を示す「シラバス」についての調査結果を見てみよう。
- ※大学院大学24大学(国立4大学、公立2大学、私立18大学)は対象としない。
「シラバス」は、すでにすべての大学が作成しているが、「学部段階で全授業科目において作成している大学」は、前年度より5校増の696大学(96%)となっている。
平成20年度から義務化された「成績評価の方法・基準の学生への明示」については、初年度で690大学(95%)に及んだものの、懸念されていた「準備学習等についての具体的な指示を盛り込んだ大学」は、247大学(34%)に留まり、依然として改善されていない実態が浮き彫りになった。学生が必要な準備学習を行ったり、教員がこれを前提にした授業を実施する環境にないことは、授業の質の低下を招くことにもつながり、まだまだ改革を要する項目である。
■「高等学校との接続(高大連携)」関連状況
大学入学者の学習意欲の低下や目的意識の希薄化が顕著となっている現在、高等学校と受入れる大学の接続(高大連携)の在り方、明確化が喫緊の問題として指摘されていた。
ここでは、高大連携においてキーポイントとなる、「入学者受入れに関する方針(アドミッション・ポリシー)」「高等学校での履修状況への配慮」「初年次教育の導入」について、その進捗状況を確認してみよう。
【入学者受入れ方針の設定】
大学は、これまでの中央教育審議会答申等において、自らの求める学生像を示す「入学者受入れ方針(アドミッション・ポリシー)」を定めて、公表することが提言されている。平成20年度においては、『学士課程答申』が大きく影響したのか、1年後には、「入学者受入れに関する方針」を定めた大学が急増した。
- ※大学院大学24大学(国立4大学、公立2大学、私立18大学)は対象としない。
ご覧のように、平成18年度から平成19年度が、27大学増に対して、平成19年度から平成20年度は、65大学増と、大幅に増えたことがわかる。しかしながら、方針を定めた581大学は、全体の80%に過ぎず、142大学が未設定のままである。可能な限り早期の対応が望まれる。なお、581大学のうち、方針を学内外に公表したのは、525大学(方針を定めた大学の90%)であった。
【高等学校での履修状況への配慮】
『学士課程答申』では、大学教員を対象とする調査によると、6割を超える教員が「学力低下」を問題視し、とくに論理的思考や表現力、主体性等の能力が低下していると指摘、また、大学1年生を対象とした調査結果では、「大学の授業についていけない」「大学でやりたいことが見つからない」等の回答が相当の割合を占めていると述べていた。
入学者の質、能力と受入れる大学との関係にもよるが、平成20年度においては、配慮を施している大学は、前年に比べて10大学増の473大学(65%)であった。
その内容は、専門学校出身者や帰国子女、高等学校で当該科目を選択履修していない学生等に対して、補習授業を実施(244大学→264大学)、既習組・未習組に分けた授業を実施(122大学→120大学)となっている。補習授業を実施した大学が、前年より20大学増えていることからも、その対象者が増加傾向にあることがわかる。
【初年次教育の導入】
初年次教育とは、高等学校から大学への円滑な移行を図り、大学での学問的・社会的な諸条件を成功させるべく、主として大学の新入生を対象に作られた総合的教育プログラムである。以下のように、平成20年度は、595大学(82%)で実施された。
- ※大学院大学24大学(国立4大学、公立2大学、私立18大学)は対象としない。
高等学校までに習得しておくべき基礎学力の補完を目的にした補習教育とは異なり、新入生に最初に提供されることが強く意識されたプログラム内容となっている。
「レポート・論文の書き方等の文章作法を身に付けるためのプログラム」505大学(70%)
「プレゼンテーションやディスカッションなどの口頭発表の技法を身に付けるためのプログラム」449大学(62%)
「学問や大学教育全般に対する動機付けのためのプログラム」447大学(62%)
『学士課程答申』においても、高大連携の取組みの状況は散発的な状態に留まっていると指摘されていたが、1年後ではそれほどの変化は見られない。引き続き、取組みの推進が望まれるところである。
■「大学の国際化に向けた取組み」状況
『学士課程答申』では、大学の国際的通用性の確保も不可欠と謳い、先の記事で紹介した、「留学生30万人計画」にも触れていた。高等教育のグローバル化に伴い、世界の大学との歩調をあわせていく必要もある。昨今の世界大学ランキングでは、東京大学が20位前後、京都大学が25位前後。ちなみに1位は、常連でハーバード大学である。
【外国語教育の実施状況】
- ※大学院大学24大学(国立4大学、公立2大学、私立18大学)は対象としない。
ご覧のように、科目開設ベスト5は、①英語715大学(99%)、②中国語610大学(84%)、③フランス語531大学(73%)、④ドイツ語528大学(73%)、⑤朝鮮語(韓国語)429大学(59%)。6番目のスペイン語は、大きく離れて241大学(33%)となっている。
とくに、中国語と朝鮮語(韓国語)を開設している大学が増加している。「留学生30万人計画」実施の影響が表れている面もあろうかと思われるが、この二つの言語は、今後ますます多くの大学で開設されていくことが予想される。
なお、「英語」教育に関する主な取組みは、次の通り。
「ネイティブ・スピーカーの活用」629大学(87%)
「LL、ビデオ等の利用」596大学(82%)
「会話中心、速読中心等、目的別クラス編成」479大学(66%)
「TOEIC、英検等に必要な能力の養成を目的とした科目の開設」405大学(56%)
「TOEIC、英検等の学外試験結果の単位認定」332大学(46%)
就職に有利な「英語の資格試験」に関する取組みが、多くの大学で行われていることも明らかになった。
【国外大学等との単位互換とダブル・ディグリー制度の導入】
国外の大学との交流は、まさに国際的通用性にも通じるところであり、今回の調査での実態は、次の通り。
まず、国外大学等と交流協定に基づく「単位互換制度」を実施している大学、であるが、大学院大学24大学を含め、246大学(33%)。国立55大学(国立大学全体の64%)、公立22大学(公立大学全体の29%)、私立169大学(私立大学全体の29%)となっている。
また、国外大学等と交流協定に基づく「ダブル・ディグリー制度」を実施している大学は、大学院大学24大学を含め、85大学(11%)。国立22大学(国立大学全体の26%)、公立3大学(公立大学全体の4%)、私立60大学(私立大学全体の10%)であった。なお、この調査における「ダブル・ディグリー」とは、複数の学位を取得する際、通常要する期間より短い期間に、留学を活用するなどして、これらの学位を取得する履修形態を指している。
この二つの制度は、「大学の国際化」をめざす中で、その導入を大いに検討されるに違いない。今後は、年々増える傾向にあるものと思われる。
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今回の調査結果では、『学士課程答申』1年後ということもあり、驚くほどの変化は見られなかったものの、引き続き『学士課程答申』を指針に進められていくことは間違いのないところである。 文部科学省では、定期的に調査を行うとしており、次回には、各大学のより具体的な教育改革の姿が見えることを期待したい。