公開日:2012/11/14
「教育の情報化」の”現在”と”未来”
「フューチャースクール」は“次の学習指導要領”への試金石
予測不可能な“未来”のために、今から検証しておく必要がある
とはいえ、約十年先の未来を正確に予測することは不可能です。ICTの世界は、日進月歩ならぬ“秒進分歩”。十年後どころか、一年後にすらどんなICT機器が普及しているかもわからない状況です。
しかし、予測できないからといって、手をこまねいて待っているわけにはいきません。2020年頃にはどんなICT機器が教育現場に入り、どんな授業が行われ、どんな課題が出てくるかを、今から研究しておかなければ、2020年頃から実施される次の学習指導要領を作れないからです。だからこそ、今あるICT機器と技術で、どこまでできるか、どんなことが起きるか、課題は何かを探るための実験的なプロジェクトとして、『フューチャースクール推進事業』がスタートしたのです。
総務省が行っている『フューチャースクール推進事業』は、2020年以降の教育を考えるための実証実験。情報通信技術面の実証実験を担当し、たとえば一人1台のタブレットPCを使うとき、無線ネットワークや学校の電源容量は耐えられるのか、スムーズに使えるかなどを検証しています。
一方、一年遅れで文科省がスタートさせたのが、『学びのイノベーション事業』です。この事業では、教育内容や指導方法についての研究が施されます。「個別学習」「協働学習」「一斉授業」をどう組み合わせて授業を作っていくか。それぞれの良さを引き出すには、どんな場面や学習内容が適しているか。こういったテーマで研究を進め、新しい授業をイノベートしていくことを目的としています。
『学びのイノベーション事業』では、フューチャースクールから、タブレットPCを使った授業実践事例を何百と吸い上げ、子どもや教師へのアンケート調査なども行い、集まった情報を分類し、分析しています。『学びのイノベーション事業』の中には、「小中学校WG」、「特別支援教育WG」、「ICT活用の際の留意点に関するガイドラインWG」という三つのワーキンググループがあり、「小中学校WG」の中には、さらに三つの作業部会が設けられています。
一つは、指導方法に関する作業部会。たとえばタブレットPCを使って協働学習を行う際の単元計画や展開例の事例を集め、分類し、パターンを抽出しています。その成果は、この秋ぐらいに公表される予定です。
フューチャースクールへの調査と分析を行っている作業部会もあります。授業後の子どもへのアンケート調査や、指導にあたった教師の所感などを集計するとともに、学力調査も行って指導と学力との相関関係を研究しています。
そして三つめの作業部会が、デジタル教科書について詳細に検討している部会。デジタル教科書の定義は『教育の情報化ビジョン』にも示されていますが、とても広範囲で曖昧です。現在は、計算ドリルのような教材や、タブレットPC上で使うノート機能などをすべてひっくるめて「デジタル教科書」と呼ばれているので、わかりにくくなっており、混乱を招いています。そこでこの作業部会では、デジタル教科書の機能整理なども行っています。
「フューチャースクール」は、今後どうなる?
小学校のフューチャースクールは、当初の計画通り今年度で終わります。中学校と特別支援学校のフューチャースクールは今年度が2年目でやっと本格的に実践が始まったところですが、こちらも計画通り来年度で終わるでしょう。今後は、同様のプロジェクトを国が継続して行う可能性も否定はできませんが、都道府県や市町村などの自治体が独自に取り組むケースが増えてくるのではないかと私は見ています。
たとえば佐賀県教育委員会は、36の県立高校の全生徒に、タブレットPCを配布することを決定。2013年度の新入生からの導入を予定しています。また、情報通信企業が、学校に情報端末を提供し、授業での実践を行うプロジェクトも目立ち始めています。今後は自治体や企業が主体となって、整備を進めていくことになるかも知れません。
そのとき、それぞれが一から取り組んだのでは、たいへんな労力と時間とお金がかかります。今後取り組む自治体がスムーズにスタートできるように、モデルを作っておこうというのが、『フューチャースクール推進事業』や『学びのイノベーション事業』の目的でもあるのです。
企業の参加が盛んになれば、大きなメリットもあります。今のフューチャースクールで決定的に不足しているのが、タブレットPCを利用して協働学習で使う教材。今世に出ているデジタル教材の多くは、一斉授業用のもの。たとえば「フラッシュ型教材」も、一斉授業で効果があるように作られています。企業がフューチャースクールのようなプロジェクトを積極的に推進・関与するようになれば、そのノウハウで教材が開発され、ブラッシュアップされたものが商品化されるでしょう。そうなれば、全国の学校が恩恵を受けられます。
フューチャースクールですでに明らかになってきたこと
フューチャースクールで明らかになったことの一つに、「子どもはタブレットPCにすぐ慣れる」ことが挙げられます。子どもは、持たせればすぐ操作できるようになるのです。しかし、ただ操作できるだけではダメです。タブレットPCは学習のための道具なのですから、学習の道具として活用できる力を身に付けさせる必要があります。
たとえば、タブレットPCを使って、調べ、まとめ、わかりやすく伝える力。「情報活用能力」と言っていいでしょう。こういった情報活用能力は、きちんと教えないと身に付きません。タブレットPCをただ触らせているだけでは、会得できないのです。
もし、2020年以降に子ども一人1台の情報端末を持つ時代が来るなら、「情報活用能力」をどうやって身に付けさせるかを考えなければなりません。教育カリキュラムはどうあるべきか。何年生でどんなことを学び、どんな力を身に付けることを目標とするか。どの教科で教えるのか。新たな教科を作るのがよいのか。「外国語活動」のように「情報活用活動」のような時間を設けるのか。だとしたら、高学年だけでやるのか、1年生からやるのか。こういったことを、今後議論していく必要があります。
次の学習指導要領に向けて「情報活用能力調査」が予定されている
次の学習指導要領で「情報活用能力」をどう取り扱うかは、中央教育審議会で審議され、決まります。次の学習指導要領のための中教審は、2015年頃に立ち上がると予想されますので、それまでに、今の子どもたちの情報活用能力の現状を把握しておく必要があります。
そこで、文部科学省では、情報活用能力に関する調査を行うことを決定。「情報活用能力調査に関する協力者会議」をこの6月に立ち上げました。私も、委員としてメンバーに入っています。今年度中に予備調査を行う予定で、現在、問題例の作成に取り組んでいるところです。予備調査実施後は調査で使用した問題例を公表した後、来年度中に本調査を実施する見込みです。
この調査は、コンピュータ上で行われます。調査問題が入ったタブレットPCを子どもたちに配布し、タブレットPC上で解いてもらうのです。回答だけでなく、問題を解くためにどういう操作をしたかまで記録が残る仕組みです。
たとえば、「このブログを読んで、筆者の考えと客観的な事実とを分類しなさい」と問うたり、数枚の統計グラフとそれについて述べたブログ記事を提示し、「ブログの内容が正しいかどうかを考えよ」「ブログの筆者は、どのグラフを見てこの記事を書いたのか答えよ」といったような問題が考えられます。情報を正確に読み解き、取り出し、整理し、わかりやすく伝えられる力を問う問題になると予想されます。
海外では、米・英・豪などで、似たような情報活用能力調査が行われていますが、そういった海外の事例も研究して、日本ではどういう調査が望ましいかを検討されているようです。
平たくいえば、これは情報活用能力に関する“学力調査”です。「こういう問題を解けることが、情報活用能力があるということ」という基準を示す。「これから大事になる情報活用能力とは、こういう力です」というスタンダードを世に示そうとしています。
ですから、この「情報活用能力調査」が及ぼす影響やインパクトはとても大きい。「全国学力・学習状況調査」でも、その問題を見て多くの先生方が「知識とは、こういうことか。活用できるとは、こういう問題を解けることなのか」と、納得しました。さらに保護者や塾は「こういう問題を解ける子どもにしよう」と教育方針を定め、一般社会も「日本の教育は今後こういう力を育もうとしているのか」と理解するなど、影響は広範囲に広がりました。同様のことが、この情報活用能力に関する調査でも起きるでしょう。賛否両論、さまざまな議論が沸騰するのは間違いありません。すでにかなりの注目が集まっており、「情報活用能力調査に関する協力者会議」の第1回会議には、傍聴希望申込みが殺到したのも、そのあらわれと言えるでしょう。
この調査で、現在の子どもたちの情報活用能力の実態が明らかになります。「今の子どもはこういう情報活用能力はあるけれども、こういう力が弱い」という現状が浮き彫りになります。その結果を分析し、なぜこの部分の力が弱いのか、今後どうすればこの力を伸ばせるか。この力が弱いのは、どの教科でもきちんと教えてないからではないか。では、新たな領域や教科を作って教えてはどうか、という議論が行われ、それが次の学習指導要領に影響していくのです。
“土台”をしっかり固めてこそ、“教育の情報化”が築ける!
「日本の教育のICTは、遅れている。シンガポールや韓国やイギリスは、今やこんなすごい実践をしているのに、日本は大丈夫なのか?」と危惧する声をよく耳にします。フューチャースクールをめぐる議論でも、「呑気に実験している場合か。今すぐ導入しなければ世界に追いつけない」という焦りにも似た声が聞こえてきます。
確かに、日本の教育は、ICTの導入では遅れています。しかし、だからといって、先を行く諸外国と同じ実践を今すぐ日本でやろう、一足飛びに先進国に追いつこうというのは、少々乱暴な考えです。諸外国は確かに、ICTの利活用で先進的な実践を行っています。でもそこに至るまでに、地道な環境整備と実践を積み重ねてきているのです。
たとえば韓国では、一人1台のタブレットPCを授業で使い始めていますが、そこに至る前に、全教室にプロジェクタや実物投影機を導入し、研究と実践を積み重ね、教師も子どもも慣れ親しんで必要な指導力や情報活用能力を身に付けた上で、一人1台のタブレットPCに進んだのです。きちんと段階を踏んできたからこそ、今の取り組みが可能なのです。
フューチャースクールでも、授業の前半はタブレットPCで個別学習を行いますが、授業の後半は電子黒板を使って意見を共有し、議論を行っています。手書きのノートやワークシートを、実物投影機で映して共有する場面も多々あります。電子黒板やプロジェクタや実物投影機といったICT環境が土台にあってこそ、一人1台のタブレットPCが活きる。タブレットPCだけを入れても効果はないのです。
電子黒板や実物投影機などのICT環境を国が整備したのは、今の学習指導要領のためだけではなく、一人1台の情報端末が実現するかもしれない“次の学習指導要領”のためでもあるのです。今の学習指導要領で必要なICT環境がまだ未整備なのに、一足飛びにタブレットPCを入れようとするのは、土台も作っていない土地にいきなり家を建てようとするようなものです。
私が今危惧しているのは、電子黒板や実物投影機といったICT環境を整えてもいない自治体が、「今はフューチャースクールが最先端のトレンドらしい。うちも実物投影機や電子黒板は後回しにして、一気にタブレットPCを入れてみるか! そうすれば遅れを取り戻すどころか、他の自治体より先に 行ける!」などと考えはしないかということです。こんなことをしても、うまくいかないことは明らかです。
日本が今やるべきことは、電子黒板や実物投影機といったICT環境をしっかり整備すること。そして、教師も子どもも、これらのICTに慣れて経験を積むこと。そして、ICT環境の格差が子どもの学力格差を生むような状況を解消することです。
しっかりと土台を築いておけば、“次の学習指導要領”でどのような情報端末が入って来ようとも対応できるようになります。“未来”を明るいものとするためには、まずは“今”できること、すべきことを行いましょう。
玉川大学教職大学院 堀田 龍也 教授