公開日:2013/3/28

何のためにICTを整備し、活用するのか?!

「普及」で終わらず、「継続」できていまますか?

玉川大学教職大学院堀田 龍也 教授
現在の学習指導要領がスタートして、小学校は3年目、中学校では2年目。学習指導要領が求める力をしっかりと身につけさせ、子どもとその保護者の期待に応えたいものである。増加した学習内容をしっかりと習得させ、活用する力を育むには、授業でのICT活用が必要不可欠だ。そこであらためて、現在の学習指導要領におけるICT活用の意義と今後の課題について、玉川大学教職大学院の堀田龍也教授に語っていただいた。

ICTの整備と活用には、”現在”と”未来”の流れが…。

 何のために教室にICT環境を整備し、授業でICTを活用するのか。この目的を正確に理解していなかったり、誤解したりしている人が、まだまだ見受けられます。
今日よく話題になるICT環境の整備や活用には、大きく分けて二つの流れがあります。一つは、「現在の学習指導要領」を実施し、子どもたちに力を身につけさせることを目的に、ICT環境を整備し、授業で活用すること。みなさんの学校で行われているのは、こちらです。
もう一つは、「次の学習指導要領」のためのICT環境の整備と活用の研究です。次の学習指導要領は2020年頃にスタートすると予想されますが、そのための研究がすでに始まっています。その一例が、ニュースでよく耳にする『フューチャースクール推進事業』や『学びのイノベーション事業』です。
まず、「次の学習指導要領」のためのICT環境の話を先にしておきましょう。次の学習指導要領がスタートする2020年頃には、ICTはもっと進化し、さまざまな機器が普及しているのは間違いありません。タブレットPCを使っている人が急速に増えている現状を見れば、教育現場にもタブレットPCが入ってくることになるでしょう。
現在、学校で使っているパソコンがタブレットPCに置き換わったら、大きなパラダイムシフトが起きると予想されます。「今まで使っていたデスクトップPCやノートPCが、コンパクトで軽くなってタッチパネルになるだけでしょう?」と思うかも知れませんが、もっと大きな変化が起こります。
まず子どもたちは、タブレットPCを机の隅に置いて、他の文房具や教材と同じ感覚で使いこなすようになります。教科書や資料集から情報を得るのと同じ感覚で、タブレットPCを使って情報を集めて取捨選択し、ノートやワークシートと同じ感覚でタブレットPCを使って情報をまとめて伝えるようになります。それぞれの集めた情報を比較したり、統合するための話し合いも多くなるはずです。タブレットPCはインターネットに常時接続していますから、ネットを経由した協働学習も可能になります。そしてタブレットPCでこうした活動を行うには、情報を取捨選択し、再構成し、自分の考えを付加して、わかりやすく伝えるという「情報活用能力」を身につけさせる必要が出てきます。
一見してわかるように、これはとても大きな変化です。したがって、今から研究しておく必要があります。タブレットPCを授業で使うと、どんなインフラやハード、ソフトが必要か。協働学習など、どのような授業や活動ができるか。子どもにどんな力をつけさせる必要があるか。それを研究してくれているのが、『フューチャースクール推進事業』や『学びのイノベーション事業』の研究校。2020年頃に次の学習指導要領がスタートしたら、すべての学校がスムーズに環境を整えて活用に着手できるように、私たちの代わりに試行錯誤してくれているのです。「未来の学校、未来の授業」のために、ICT環境と活用について研究しているのです。

まずは”現在”にしっかりと目を向けよう!

 一方、みなさんの学校で行われているのは、「今日の学校、今日の授業」のためのICT環境の整備と活用です。この両者を混同して議論するのは筋違いですし、混乱を招く恐れがあります。しかし残念ながら、両者を混同してしまい、「実物投影機やプロジェクタなんて時代遅れ。そんな古いICTを入れるお金があるなら、タブレットPCを導入すべきだ」などと、的はずれな意見を述べる方がいるのも現実です。
このような誤解が生じたのは、マスコミが『フューチャースクール推進事業』に注目し、大々的に報じたからでしょう。その結果、「今すぐタブレットPCを導入したほうがいいのか」「今すぐ学習スタイルを変えた方がいいのか」と、早合点してしまった人が続出してしまいました。
『フューチャースクール推進事業』は、あくまで次の学習指導要領のための研究事業です。今すぐに一人1台のタブレットPCを学校に普及させようとしているのではありません。フューチャースクールの取り組みが目新しくてニュースバリューがあるから、マスコミは報道しただけなのです。
先生方も、「タブレットPCが入ってきたら、授業はどう変わるんだろう」「次の学習指導要領ではどんな教育になるんだろう」と気になるでしょうが、まずは現在の学習指導要領にしっかり目を向けましょう。現在の学習指導要領も、まだ始まったばかり。今後10年近くは、この学習指導要領に沿って教育を行うことになります。今の小学生は、義務教育を終えるまではこの学習指導要領のもとで学びますし、今の中学生は中学・高校と、この学習指導要領のもとで学ぶのです。現在の学習指導要領で、目の前の子どもたちをどう指導し、育むか。そのためにICTをどう活用するか。これをしっかり考えましょう。現在の学習指導要領の特徴を理解しよう!現在の学習指導要領は、昭和43年の学習指導要領以来、約40年ぶりに学習内容が増えました。
昭和43年の学習指導要領は、「現代化カリキュラム」と呼ばれ、高度で濃密な学習内容が特徴でした。時は東西冷戦まっただ中。ソ連の人工衛星スプートニク打ち上げ成功にショックを受けたアメリカは、国を挙げて科学技術の発展と育成に取り組み、アポロ11号の月面着陸で対抗。東西両陣営が熾烈な科学技術競争を進める中、日本も先進国に追いつき追い越せと、学校教育で高度な内容を教え、高い学力を養おうとしたのです。
しかし、この試みはひずみも産みました。授業内容が高度化・大量化したため、授業についていけず”落ちこぼれる”子どもの問題が表面化。学校への反発から、校内暴力や登校拒否などの問題も生じました。また分厚い教科書を消化するために駆け足で教えざるを得なくなり、「詰め込み教育」と批判されたこともありました。
この反省を踏まえ、その後は学習指導要領が改訂されるたびに、学習内容は減っていきました。学校5日制もスタートしたことで、授業時数も減りました。日本は豊かになったのだから、教育にも「ゆとり」をもとう、身につけるべき知識が減ったかわりに考える時間を多く取ろうという方向に、舵を切ったのです。
しかしその結果、新たな問題も発生しました。学力低下問題です。PISAで他のアジア諸国に遅れをとったことが大きく報道されたことで、学力低下問題は社会の重大関心事となり、「日本の子どもの学力低下を何とかしなければ」という危機感が高まりました。特にPISAの応用問題で得点が低かったことが問題視され、「子どもに考えさせる授業をたくさんしてきたはずなのに、考える力が身についてない」との批判も飛び出しました。
子どもに考えさせることを重視する一方、しっかり教えることがおろそかにされていたのではないか。教えずに、何でも子どもに考えさせようとしていたのではないか。そのような反省の結果、学習指導要領の基本的な考え方を見直そうということになったのです。

現在の学習指導要領では、ICTによる習得の効率化は不可欠!

 こういった社会的背景やこれまでの反省をふまえ、現在の学習指導要領では学習内容が大幅に増えました。単に教えることが増えただけでなく、習得したことを活用する時間もしっかり取ることになりました。
その結果、今まで通りの授業方法では、時間が足りなくなることが予想されました。しかも今教壇に立つ先生方は、学習内容が減り続けた時代に教えた経験しかありません。学習内容の増加に対応した経験がないのです。
限られた授業時数で、増加した学習内容をしっかり習得させ、活用の時間も確保するにはどうすればいいか。その解決策として、学習環境や指導方法などを工夫して効率化を図り、時間を上手にやりくりしようということになりました。
その手段の一つが、授業での「ICT活用」です。習得の場面で、ICTを使ってわかりやすく教え、ICTで繰り返し学習を行って定着の効率化を図る。そうやって節約できた時間を、活用の時間に回す。これが、現在の学習指導要領の基本的な考え方です。

習得なくして活用なし!

 現在の学習指導要領では「習得したことを活用する」必要もあるため、「どんな活用をさせればいいか」に頭を悩ませている先生も多いようです。しかし活用のためには、しっかりと基礎・基本の知識を習得させることが最優先です。「習得なくして、活用なし」なのです。
習得していないのに、活用させようとするのはナンセンス。活用できるモノを身につけていないのに、「さあ、活用しなさい」と指示してもできるわけがありません。まずはしっかり習得させることが大事。習得していれば、子どもはもっと考えたり、話し合いたくなり、授業も楽しくなります。

スクールニューディール政策でICTを整備した理由とは?

 とはいえ、習得だけで授業時数を使い切ってしまっては、活用する時間がなくなります。習得を効率的かつ確実に行うために、ICTを活用する必要があります。
だからこそ国は、現在の学習指導要領が実施されるのに先んじて、09年度からスクールニューディール政策を実施。4000億円もの予算をかけて、全国の学校に大型テレビや電子黒板などを整備したのです。
習得を効率よく行うための環境整備として、大型テレビや電子黒板、プロジェクタなど、わかりやすく見せるための装置を整備。その装置で映すものとして、実物投影機やノートPC、そしてフラッシュ型教材やデジタル教科書などのソフトも導入しました。これらのICTを活用してわかりやすい授業を行い、効率的に習得させてください。そして節約できた時間で、話し合ったり、プレゼンをしたり、応用問題を解くといった活用を行ってください。そういうメッセージが、スクールニューディール政策には込められていたのです。
スクールニューディール政策によって、70〜75%の小学校の普通教室に、ICT環境が整いました。ICT環境をしっかりと整備した学校では、電灯のスイッチを入れる感覚でICTを日常的に使い、効率的な習得と定着に役立てています。その一方で、未だにICT環境を整備していない自治体も残念ながら存在しています。
ICTを整備しなかった自治体では、先生方はたいへんな苦労を強いられています。プリントやドリルといった、今まで通りのアナログな手法だけで何とか習得させようと奮闘するものの、時間が足りず四苦八苦。しかも新しい学習指導要領では、習得だけではなく活用もしなければいけませんから、ますます時間が不足します。ICT環境がないままでは、いくら先生方が頑張っても、時間が決定的に足りないのです。その結果、習得に時間がかかって活用の時間が取れなかったり、活用の時間を取るために習得がおろそかになる事態も起きています。
これでは、先生も子どももかわいそうです。ICTを導入して、先生や子どもを救ってあげるのが、教育委員会の責任ではないでしょうか。

“誤解”がICT整備を阻んでいる?でも、時代は変わった。

 現在の学習指導要領では、普通教室にICT環境を整えることは必須です。なのになぜ、ICT整備を進めない自治体があるのか。ICT活用への”誤解”が整備を邪魔しているのではないかと、私は感じています。
ICTが学校に入り始めたころは、ICTが好きで得意な先生が、その人しかできないような先進的な活用を、イベント的に行うことがほとんどでした。そのイメージが根強いため、「ICTは、得意な先生でないと使えない。だから、すべての普通教室にICTを入れる必要はない」と、思い込んでしまったのではないでしょうか。
でも、今は時代が違います。ICTが得意な先生だけICTを活用していればよかったのは、以前の話です。現在の学習指導要領では、すべての先生が、普通教室でICTを日常的に活用することが求められています。
「ICTが得意な先生しか使えない」ようなICTを導入する必要はないのです。大型テレビや実物投影機など、誰でも使えるICTを導入すればいいのです。環境さえ整えば、先生方は教育のプロですから、必ず使いこなします。校内外で情報交換したり、自分で工夫して、ICTを効果的に活用できるようになります。
すべての教室で、すべての先生が使えるICT環境を、教育委員会が責任をもって整備してほしいと強く希望します。

“普及”しただけではダメ。”継続”が必要。

 スクールニューディール政策で、全国の約4分の3の普通教室にICTは”普及”しました。しかし、普及しただけで安心してはダメです。ICT活用を日常的に”継続”しないと、その効果は得られないからです。この”継続”がうまくできていないケースも、ちらほら見かけます。高度なICTを高額の予算をかけて導入したはいいものの、使う前にセッティングが必要で気軽に使えなかったり、操作が難解で敷居が高いなどの理由で、年に数回しか使われていないケースがあるのです。
“普及”とは、横軸方向に広がることです。若い先生もベテランの先生も、ICTが得意な先生もそうでない先生も、ありとあらゆる先生が、ICTを活用できる環境を整えることが”普及”です。一方、”継続”は、縦方向への深まりです。同じ先生が、毎日のように繰り返しICTを使ってこそ、”継続”していると言えます。
学力は、何度も繰り返し、毎日コツコツと練習してこそ、向上します。これはICTに限らず、教育における不変のセオリーですよね。たった1回のすばらしい取り組みよりも、毎日数分の簡単な実践でもコツコツ地道にやる方が効果があります。地味な活用でいいのです。パターン化された活用でいいのです。そのほうが、先生も準備の手間や時間が軽減できますし、子どもにとっても負荷が少なくて済みます。
定番のICT活用を、地道に毎日継続してこそ、習得を効率化できます。ICTが”普及”した今、いかに”継続”させるかが、課題になっています。

“継続”するために必要なのは、効果的な研修!

 では、ICT活用を”継続”するには、何が必要なのでしょうか。まず、誰にでも使えるシンプルなICTをそろえることです。
実物投影機やフラッシュ型教材といったシンプルなICTは、毎日の授業に組み込みやすく、準備の手間も少なくて済むので、負担を感じることなく日常的に使えます。事前準備や操作に手間や負荷がかかるようなICTでは、使うのが億劫になり、”継続”できません。
そして何よりも大事なのは、研修です。自己流のICT活用では効果もあまり上がらず、継続して使いたいという気持ちも薄れていきます。校内研修等で、「ICTをこう活用すれば、より効果が得られる」というモデルを先生5 46方に提示して共有し、モチベーションを上げることが大事です。
その際、ICTの操作方法の研修ではなく、授業の内容に直結した研修をするように留意しましょう。「ICTを授業のどの場面で使うか」「何を見せるか」「発問はどうするか」といったことを考え、共有し、深め合うのです。
たとえばフラッシュ型教材なら、「答えさせ方の工夫」について話し合ってみる。最初は全員で答えさせ、次に列ごと、次に一人ずつ、最後にまた全員で答えるようにすると定着しやすいといった方法論を、みんなで議論し、情報交換し、深め合うのです。ほかにも、「出題順や難易度の上げ方」「正解したときのほめ方」などについて話し合うのもいいでしょう。
こういう研修を行うと、とても盛り上がります。ICTの操作方法を習うのは先生方も気乗りしませんが、授業作りや指導方法に直結した議論なら、先生方は身を乗り出して活発に意見を出し合います。もはやICT活用の研修というより、「ICT活用を含み込んだ授業研修」と呼んだ方がいいでしょうね。
研修で「こう使うとより効果的」というモデルを知ると、先生方は「なるほど!」と納得し、自分の授業に取り入れ始めます。そして自分の授業が”改善”されていくので、ICTの効果はより向上し、”継続”するモチベーションが上がっていきます。研修、改善、継続の流れを実現することで、ICT活用の効果は高まり、子どもの力も伸びていくのです

すぐれた校内研修は、教育技術の伝承にもつながる。

 このような「ICT活用を含み込んだ授業研修」は、教育技術の伝承にもつながります。ベテランの先生が持っている授業作りや指導のノウハウが、研修を通じて共有され、若い先生へと伝わっていくのです。
団塊世代の先生方が次々と退職していく今、ベテランの先生が持っている教育技術を、失うことなく次の世代へと受け継いでいくことは喫緊の課題です。授業づくりに焦点化した研修には、効果的なICT活用の継続を促すだけでなく、若い先生方の指導力を高める作用もあるのです。
われわれが「フラッシュ型教材活用セミナー」を全国各地で開催してきたのも、こういう研修の大切さを認識しているからです。これまでに37回開催してきましたが、フラッシュ型教材の操作方法を教えるのではなく、フラッシュ型教材を使った模擬授業を通して、授業でどう使えばいいかを提示し、話し合ってもらうことを心がけてきました。そうすることでフラッシュ型教材の良さを体感してもらうとともに、日々の授業でどう活用すれば効果的かという「モデル」を知り、自分ならどう使うかをイメージしてもらいたいからです。eTeachersにセミナーの一部を収録した動画を掲載したり、レポート記事を載せているのも、会場に足を運べなかった先生方に、一人でも多くモデルを知り、自分の授業で使うイメージをふくらませてほしいからです。
また、校内研修のノウハウをパッケージ化した「フラッシュ型教材研修パック」や、フラッシュ型教材作成のコツをまとめた「リーフレット」を無償配布しているのも、ICT活用の成否を握るのは研修であると考え、良い研修を行うための手助けをしたいと考えているからです。(25参照)
ICT活用がうまくいっていないと悩んでいる方は、自校の校内研修を一度見直してみてください。操作方法を教える研修になっていないか、チェックしてみてください。そして、授業づくりに直結した研修を志向してみましょう。必ず、効果を得られるはずです。

モノや技術の進化に惑わされず、教育の”原点”に立とう!

 ICTと聞くと、テクノロジーの進化に乗り遅れずについていくことが良きことと考える風潮があります。しかし、もっと足元を見ましょう。道具や技術に振り回されないようにしましょう。
日本の教室で行われてきた授業や指導は、多少の変化はあったものの、その根幹は百数十年にわたって不変です。ここに、日本の教育の”原点”があると私は考えます。「古いモノはダメだ」と批判する人もいますが、昔から変わらない伝統には、必ず良さがあるはず。良さがあるからこそ、時代の変化の荒波にも負けず、受け継がれてきたのです。研修で伝え、学び合ってほしい授業づくりのノウハウや指導技術も、日本の教育の”原点”と言えるでしょう。
新しいICTやテクノロジーは、これからもどんどん教育現場に入ってくるでしょう。しかし、”原点”を見失わないようにしてほしい。”原点”さえしっかりとおさえておけば、どのような新しいICTが入ってこようとも、子どもたちの力を伸ばせるICT活用を行えます。便利なICTを使いながらも、”原点”にしっかりと立脚した教育を行ってほしいと思います。

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