ICT教育40年の歴史を誇る「つくば市」に学ぶ 世代から世代へ継承される「ICT教育」
―茨城県―
つくば市教育局総合教育研究所
40年も前からICT教育をスタートさせた茨城県つくば市。市内すべての小・中学校52校に、均等にICT環境を揃え、2016年度には市内52校がJAET(日本教育工学協会)の「学校情報化優良校」の認定を獲得。つくば市自体も「学校情報化先進地域」として昨年度に表彰を受けるなど、まさに日本のICT教育におけるトップランナーである。そこで今回は、つくば市のICT教育のキーパーソンである三人の先生に、お話をうかがった。
ICTは、新たな力を育む道具
「1977年につくば市はICT教育を開始しましたが、その目的は、一斉授業の中で個別に学習する機会をつくるためでした。以来、現在に至るまで、『ICTは道具であり、手段の一つ』という考え方は不変です」と、柿沼教育長は語る。
「教育とは、先行投資。子供たちにどのような力をつけたいのかをまず考え、そのためにICTを使う」と、片岡校長も続ける。
では、ICTをどのような道具としてとらえているのか。
「つくば市では、ICTで『4C学習』を行うのだと、みな理解しています。だから新しいICTが入ってきても、どう使えばいいか迷ったりブレたりしません」と、片岡校長は述べる。
ちなみに「4C学習」とは、
Community(協働力)
Communication(言語力)
Congnition(思考・判断力)
Comprehension(知識・理解力)
の四つのCを育む学習のことだ。
たとえば、タブレットを使った協働学習、タブレットと電子黒板を使ったプレゼンテーションなどの言語活動が該当する。
「ICT=一斉授業で先生が教えるための道具だと考えている人が多いと思いますが、つくば市は違います。ICT=子供一人ひとりが4C学習するための道具です」と、片岡校長は言い切る。
また、柿沼教育長は「つくば市は、4C学習を通して、協働力や言語力、思考・判断力などの『つくば次世代型スキル』を育もうとしています。このような新しい力を育むには、今まで通りのチョークと黒板だけではもう不十分なのです」と言う。
新しい力を育むには、新しい道具が必要。それがICTというわけだ。ICTに限らず、ベン図やXチャートといった思考ツールも授業に取り入れ始めている。
「今の若者たちは、協力して仕事をするのが苦手。やはり幼い頃から協働する経験をさせたほうがいい。一緒に学び合い、高め合う経験をたくさん積ませたい。タブレットやテレビ会議システムを使い、協働学習する機会を増やしています」と、柿沼教育長は語る。
「日本人は消極的な子供が多いですよね。積極的に表現したり、意見を述べる力や姿勢が欧米に比べて弱い。でも、つくば市の子供たちは違います。欧米並みに積極的です。それはなぜか。幼い頃から主体的に学び、人前で発表し、意見を述べる経験を、ICTを使ってたくさん積んでいるからです。幼い頃から経験を積ませれば、子供はどんどん伸びます」と、柿沼教育長は述べる。
つくば市のICT活用40年史
1977(昭和52)年度
竹園東小で日本で初めてのコンピュータ教育活用開始
1987(昭和62)年度
「全教科によるコンピュータの多様な活用における実践研究」(桜中)
1994(平成6)年度
通産省文部省「100校プロジェクト」(桜南小)
1997(平成9)年度
通産省文部省「新100校プロジェクト」(桜南小)
1999(平成11)年度
文部科学省「先進的教育用ネットワークモデル地域事業」開始
2002(平成14)年度
総務省「広域的地域情報通信ネットワーク基盤施設整備事業」
2003(平成15)年度
全国初市内53小中学校同時テレビ会議システム完成
2004(平成16)年度
家庭学習支援システム「つくばオンラインスタディ」導入
2006(平成18)年度
校内無線LAN全小・中学校整備
2011(平成23)年度
小中学校コンピュータ入れ替えによるタブレットパソコン導入
2013(平成25)年度
全小学校に普通教室用電子黒板導入
2014(平成26)年度
全中学校に普通教室用電子黒板導入
2015(平成27)年度
市内全小・中学校がJAET「学校情報化認定優良校」に
額を寄せあって、タブレットで協働学習する子供たち。
授業研究と実践の積み重ねが、ICT教育を深め、広げる
つくば市がICT教育を始めた頃は、教材もイチから開発する必要があり、大変な労力を必要とした。
「しかしデジタル教科書などの教材が次々と開発された今、先生方は授業研究に専念できるようになりました」と、柿沼教育長は語る。
その結果、つくば市では、多くの授業が開発され、実践事例が蓄積されていった。
そして、つくば市総合教育研究所では、市内の先生方が開発し実践した事例を取りまとめ、『つくば市ICT教育活用実践事例集』を発行している。昨年度の事例集には、1年生から9年生まで(つくば市は小中一貫のため9年制で表記)、あらゆる学年、あらゆる教科での事例が掲載されているが、その数は約240事例にも及ぶ。
「この事例集をお手本に、先生方はさらに実践と研究を重ね、それがまた事例として蓄積され、好循環を生んでいます」と、毛利所長は紹介する。
昨年度の『つくば市ICT教育活用事例集』。A4版で260ページというボリューム。ICTを使って発表する子供の写真が表紙を飾っていることにも注目。つくば市は、ICTを子供の学習ツールとして活用しているのだ。
すべての学校で環境整備を、行う大切さ
以前は、つくば市内でも学校によって子供たちの力や姿に差があったという。しかし、市内すべての学校でICT環境が均等になるよう整備を進め、すべての学校でICT教育を行うようになると、学校間格差はなくなった。
「どの学校も同じ環境、同じ目的で実践しているから、実践事例もたくさん集まり、先生同士も学び合える。だから良い実践がどんどん生まれ、子供たちも伸びるのです」と、柿沼教育長は述べる。
「つくば市は40年前からICTに取り組んで来たし、他の自治体に負けていないという自信もあった。でも、それだけでは説得力がない。つくば市が真に先進的であることを、客観的に証明したかったのです」と、柿沼教育長は強調する。
そこでつくば市では、市内すべての学校がJAETの「学校情報化認定」に取り組み、52ある小・中学校すべてが「学校情報化優良校」として認定された。市内全校が認定されたのは、日本初の快挙だという。そして2016年度は、つくば市自体が「学校情報化先進地域」として表彰を受けた。つくば市が先進的であることが、公に証明されたのだ。
つくば市は、全国に先駆けて2005年から電子黒板の導入に取り組んだ。
「当時の電子黒板は今よりもさらに高価で、まずは1校1台入れるにしても、相当なお金がかかりました。それでも導入できたのは、市長が必要だと理解してくれたからです」と、柿沼教育長は当時を振り返る。
契機になったのは、13年前。市内の中学校で電子黒板を使った授業の研究発表会が行われ、市長が視察に訪れた時のことだ。
「市長は、電子黒板にいたく感心され、『これはいいね。市内の他の学校にも入ってるの?』と聞かれたので、『いえ、ありません。実はこれも、企業からの借り物です』と現状を説明し、『ぜひ入れていただきたい』とアピールしたのです」と、柿沼教育長は振り返る。
すると市長は決意を固め、電子黒板の導入に取り組み始めてくれたという。
電子黒板に限らず、つくば市は最新のICTを他に先駆けて導入する傾向がある。タブレットも、11年には導入を開始している。先行事例がまだないような状況で、最新のICTをなぜ使いこなせるのだろうか。
「『こんな学びがしたい!』という意欲や目的がまず最初にありきで、それを満たす道具としてICTが入ってくる。だから、新しいICTが来ても、失敗しないのです。
たとえば、タブレットも本校の子供たちは、『自分の意見をみんなに見てもらいたい』『友だちの意見も知りたい』という意欲を持っています。そこに、タブレットが入ってきた。タブレットなら、自分の意見をわかりやすくまとめ、電子黒板にさっと映してみんなに見てもらえる。他の子の意見と並べて映して、比較もできる。紙で発表していた頃に比べ、発表の頻度も増える。子供たちはとても喜び、先生も子供の意欲を伸ばす使い方をした。だから、うまくいっているのです」と、片岡校長は教えてくれた。
人材育成と体制づくりが不可欠
つくば市には、「ICT教育推進委員会」がある。各小・中学校から1名、ICT活用に精通した教員を委員に任命し、ICTを使った授業の研究を進めてもらうのだ。『つくば市ICT教育活用実践事例集』に載っている事例の多くは、この委員が開発したものだ。
「また、委員は各学校でICT活用のリーダーとなり、校内研究や校内研修を進めてくれます」と、柿沼教育長は述べる。
つくば市総合教育研究所では、バリエーション豊かなICT活用研修講座を開いている。
「今年度は、『思考ツール』と『プログラミング教育』の研修を行う予定です。『プログラミング教育』は、次の学習指導要領で必修化となるのが濃厚なので、今から準備します」と、毛利所長。
このように、常に時代を先取りして、先手先手を打っていくのが、つくば市の特徴だ。
「柿沼教育長は、いつも未来を見据えて、新しい教育を取り入れてくれます。たとえば、小中一貫教育にしても、今年度ようやく義務教育学校が認められましたが、つくば市では07年から小中一貫教育を行っています。つくば市が他に先んじて新たなICTを取り入れ、成果を出せているのも、教育長が先見の明を持って、導いてくれるおかげです」と、毛利所長はその秘けつを語る。
片岡校長は、「まだ6月ですが、今年度はもう17回も校内研修を行いました」という。
しかもそれは、ミニ研修ではない。約2時間の研修を3カ月で17回も行っているのだ。
「本校の校内研修は、基本的に希望研修。若手の先生や異動してきた先生を中心に、先生同士で教え合い、学び合っています」と、片岡校長は語る。
なぜこれほど先生方は意欲的に研修に参加するのか。実は、春日学園には毎年約30人もの先生が異動してくるのだ。
「市外から来た先生方は、こんなにICTを使うのかとびっくりされます。子供のほうが自分より上手にICTを使いこなす姿に、衝撃を受けます。だから、みんな『学ばなくては!』と危機感を持ち、研修に参加するのです」と、片岡校長は述べる。
友だちの発表を見て、改善点を指摘し合う春日学園の子供たち。普通の学校なら、アドバイスするのは、子供ではなく先生の役割だろう。まさに、学び合い、高め合いである。
これからのつくば市を支える教育哲学と人材力
「私の昔の教え子が、今30人ほど教師になっています。つくば市に勤務している先生もいます。自分が子供のころにここで受けた教育を、今の子供たちにも受けさせてあげたいと、がんばってくれています」と、柿沼教育長は目を細める。
片岡校長は「1年や2年で、つくば市がこのような教育をできるようになったのではありません。世代から世代へと継承され、長い時間をかけて、積み重ねてきたからこそなのです」という。
ICT教育の先進性に目が行きがちだが、つくば市の教育を支えているのは、やはり「人」なのだ。柿沼教育長、片岡校長先生、毛利所長らの先生方が、つくば市の教育をつくり、次の世代へと脈々と受け継がれている。だから、新しいICTや新しい教育が入ってきても、戸惑うことなく我が物として実践し、成果を出せるのだ。
最後に先生方は、それぞれの言葉で締めくった。
まず、片岡校長は「今までの教育観や指導観を変えないと、新しい教育には踏み出せない」という。
続いて毛利所長は「40年前から変わらず同じことをしていたら、今のつくば市のICT教育は存在しなかった」と述べる。
最後に柿沼教育長は、「何も変わらないのが一番楽。でも、そうはいかない。時代に合わせて、先生も変わらなければ」と力強く語った。