公開日:2021/11/19
GIGAスクールの活用が始まった今こそ、先生方や教育委員会に知ってほしいこと
東北大学大学院 情報科学研究科
堀田 龍也 教授
1人1台端末やクラウドの整備が完了し、いよいよGIGAスクール環境の本格的な活用がスタートした。しかしその矢先に、新型コロナウイルスの感染再拡大が発生。
1人1台端末を使ってオンライン授業に切り替えた学校もあれば、学びが止まりかねない学校も出てきている。この過渡期を、どう乗り越えればよいのか。
東北大学大学院の堀田龍也教授に語っていただいた。
日頃から端末の持ち帰り学習をしてこそ非常時への対応が可能に
日頃から端末を持ち帰らせている学校は約4分の1にとどまる
2021年8月30日、文部科学省(以下、文科省)はGIGAスクール構想で整備された端末がどのぐらい使われているか、7月末時点での利活用状況(速報値)を発表しました。
これによると、すべての自治体の96・1%にあたる1742の自治体等が整備を完了。そして小学校の96・1%、中学校の96・5%が、全学年もしくは一部の学年で既に利活用を開始しています(図1参照)。その一方で、未だに整備を終えていない自治体が4%近くあり、国はその自治体名を公表し、速やかな整備完了を求めています。
加えて、端末の持ち帰り学習についても調査・発表されました(図2参照)。非常時に端末の持ち帰りを実施できるよう準備済みの学校は64・3%と、まだ6割程度にとどまっています。
そこで文科省は8月27日に、「やむを得ず学校に登校できない児童生徒等へのICTを活用した学習指導等について」という通知を出しました。登校できない子供にどう対応するかは、本来教育委員会が決めることです。しかし新型コロナウイルスの感染再拡大により夏休み明けに授業を再開できるかが危ぶまれる中、未だにオンライン授業を行う準備ができていない自治体が、新聞やテレビで批判的に報じられています。このままでは「学びが止まる」事態が再び起きかねないと国は深く憂慮し、「GIGAスクール構想で整備された端末を持ち帰らせ、家庭での学習指導を行ってください」と、強く求めたのです。
昨年春の学校における全国一斉臨時休業は、あまりに突然のことでしたし、1人1台端末も行き渡っていなかったため、オンライン授業ができなくてもまだ同情の余地がありました。しかし、あれから1年半が経ち、1人1台端末も整備され、準備する時間が十分あったにもかかわらず、未だにオンライン授業を行えず、学びが止まってしまうことになれば、保護者も社会も学校に呆れ、怒り、不信感を募らせるでしょう。
約6割の学校が非常時の端末の持ち帰り学習を準備済みではありますが、「平常時の端末の持ち帰り学習」を実施している自治体が約25%にとどまっていることを、私はとても心配しています。非常事態が起きてから初めて持ち帰らせても、うまくいきません。実際に持ち帰らせてみて、初めて浮き彫りになる課題やトラブルはたくさんあります。日頃から端末を持ち帰り、家庭で学習することに、子供も先生も慣れておくことが必要です。
図1、図2共通:文部科学省「端末利活用状況等の実態調査」(令和3年7月末時点)(速報値)を改変
1人1台を早く導入した学校ほど活用頻度が高くなっている
8月31日には、今年5月に実施された「全国学力・学習状況調査」の結果が公表されました。GIGAスクール環境が整備された直後の調査として、とても興味深い結果となりました。
「ICTを活用した学習状況」では、GIGAスクール構想による情報端末がまだ整備されていなかった頃と比べ、活用頻度が急伸しています。
たとえば「ICTを活用した授業をどの程度行いましたか」という質問に対し、「ほぼ毎日」と回答した学校が、小学校では53・9%、中学校では58・6%と、いずれも過半数を超えています。注目したいのは、GIGAスクールの整備前と整備後の変化です(図3参照)。平成31年度に「ほぼ毎日」使っていた小学校は37・1%、中学校は43・6%でしたから、小・中学校とも約15%も増えたことになります。1人1台端末の本格的な運用が始まったばかりの5月の調査でこれほどの変化が見られるのですから、今後さらに増えていくことは間違いありません。
今回の調査では、昨年10月までにGIGAスクール環境を整備した自治体と、それ以降に整備した自治体とで、ICTの活用頻度に差が出るかどうかも分析しています(図4参照)。その結果、「早く導入した自治体ほど活用頻度が高い」という順当な結果が出ました。特に、「家庭への持ち帰り」についての結果が顕著で、昨年10月までに導入した自治体では、小学校で48・1%、中学校では51・6%が端末を家に持ち帰らせています。その一方で、昨年10月以降に導入した自治体において、端末を持ち帰らせている学校は、小・中学校とも2割に届いていません。
導入に半年程度のタイムラグがあっただけで、活用頻度にこれほどの差が生じています。すなわち、今は悪戦苦闘している今年度導入した自治体や学校も、半年も経てば、これぐらい利活用が進んでいくと予想できます。
「学習効果」はすぐには表れない!
まずはICT環境に慣れることから始めよう
「学習効果」が出るには時間がかかる
まずは慣れることから始めよう
これから1人1台端末を本格的に使い始める際に注意してほしいのは、性急に「学習効果」を求めようとしないことです。1人1台端末やクラウドは、使い始めてすぐに効果が出るものではありません。操作に慣れ、一通り使いこなせるようになるだけでも、それなりに時間がかかります。ICTの操作スキルや、ICTを学習に生かす情報活用能力が育ってきて初めて、少しずつ「学習効果」が出てくるのです。
たとえば社会科の学習なら、まずは教科書や資料集に加えて、端末を操作しながらインターネット上でも調べることから始めます。次に、集めた情報をノートに書き留めるだけでなく端末を使って整理やまとめを行います。そして次第に、友達と口頭で話し合うだけでなく、クラウド上で情報交換や意見交換をするようになっていくのです。
そうした子供たちの姿を見て、先生は「子供に活動させる時間をもっと取った方がよさそうだ」と判断し、少しずつ授業の進め方を変えていきます。やがて、先生が課題を与えるのではなく、子供たち一人一人が自分で課題を発見し、自分で考えて情報を集め、整理・分析し、自分なりにまとめ、子供同士で学び合っていくような授業へと変化していくのです。
図5は、新学習指導要領とGIGAスクール構想の関係を表した、文科省の資料です。1人1台端末やクラウドといった環境は「学習インフラ」であり、これらを活用することで、個別最適な学びや協働的な学びが促され、それらの学びを充実させていくことで、主体的・対話的で深い学びとなります。そうした授業の改善によって、新学習指導要領が求める資質・能力が育まれていくのだと、この図は明快に述べています。
こういう状態になるまでには時間がかかります。まずは子供も先生も、端末やクラウドをどんどん使うことでICT環境に慣れ、経験値を上げましょう。
事例やノウハウを発信する文科省の「StuDX Style」
GIGAスクール環境を用いて、新学習指導要領が求める教育を実施してもらうために、文科省は様々な取り組みを行っています。1人1台端末の活用事例を紹介しているサイト「StuDX Style」も、その一つです。先行して活用を進めている学校や自治体を取材し、1人1台端末やクラウドの活用ノウハウから、各教科での授業例など、全国から集めたお手本となる事例を発信しています。
この「StuDX Style」を運営しているのが、今回のチエルマガジンに登場いただいた「GIGA StuDX推進チーム」です。チームリーダーを務める情報教育・外国語教育課長の板倉氏は、元・教育課程企画室長であり、新学習指導要領に携わった方です。新学習指導要領を手がけた人材を、1人1台端末やクラウドの活用促進に抜擢したのも、「新学習指導要領の実施には、GIGAスクール環境の活用が不可欠だ」と、文科省が考えているからでしょう。
このチームには、全国から8名の現役教員が参加しています。この異例ともいえる人事は、教員ならではの視点から、役立つ事例やノウハウを集め、先生方にとってわかりやすい情報を発信するためです。
ウェブサイトでの事例発信だけでなく、全国の教育委員会を対象に、オンラインでの研修も提供しています。私がこの部署に顔を出すと、いつもどこかの自治体の指導主事に向けて、オンライン研修を行っています。今までは各都道府県から1名ずつ代表者を招いて、年に1回程度の集合研修を行うのが限界でしたが、オンライン研修なら、移動の時間やコスト、場所等に制約されることなく、全国各地の先生方に向けた研修を頻繁に行えます。これもデジタル時代ならではといえます。
各学校のGIGAスクール環境の活用に国や自治体のサポートは不可欠
国の教育政策を正しく理解しGIGAスクールを進める鹿児島市
こうした国の精力的な働きかけを無為にすることなく、自治体は環境の整備と活用の普及に努めなければなりません。その好例が、鹿児島市教育委員会です。
鹿児島市教育委員会の中にある「学校ICT推進センター」という部署が、ICT活用の促進に向けた数々の取り組みを精力的に進められるのは、教育部長の辻氏が文科省のICTアドバイザーであることも大きいでしょう。「新学習指導要領の実施には、1人1台端末やクラウドの活用が不可欠」という国の意向を正しく理解している方が意思決定する立場にいることで、鹿児島市では、めざましい勢いでICT活用が進み、広がりを見せています。その取り組みは、県内の他の市町村にも、好影響を与えています。
また、学校ICT推進センターは市内全校の通信トラフィックを常時モニタリングしています。どこの学校がどれだけネットワークを活用しているか、通信速度に問題はないかなどを監視し、必要に応じてサポートやアドバイスを行っているのです。こういった「裏方」的なサポートを惜しまないのが、鹿児島市の素晴らしいところです。ICT機器を学校に渡して、「あとは頑張って使ってね」と学校任せにする今までのようなやり方では、GIGAスクール環境の活用は進まず、効果も期待できません。
SNSを学習活動の手段として活用できている北海道羅臼町
北海道知床半島にある、羅臼町立羅臼小学校の登藤先生は、インスタグラムを学習に活用するという、とてもユニークな活動を行っています。総合的な学習の時間に、「ふるさと」である知床や羅臼について調べたことや伝えたい魅力をインスタグラムで発信しているのです。
「小学生にインスタを使わせるなんて危ない」「SNSは禁止すべき」と、眉をひそめる先生もいるかもしれません。しかし、SNSを通じて情報発信することで、子供たちの学習意欲は高まり、たくさんの発見や気づきを得ています。発信した情報がほめられれば嬉しくなり、「もっとたくさん発信しよう!」という意欲が湧きますし、「これはどういうことですか?」と質問されることで、自分の表現が至らなかった点や、わかったつもりでわかっていなかったことに気づかされ、“受け手”目線に立って表現を工夫し、より深く調べるようになっています。SNSを使うことが目的なのではなく、調べ学習を深める手段として用いているのです。
もちろん、個人情報の保護には十分配慮しています。発信する内容に問題がないか先生が必ずチェックしていますし、子供たちにもルールを徹底して、各自が気を付けながら利用しています。
ぜひ一度、羅臼小のインスタグラムをご覧になってみてください。「SNSなんて学習には不要」といった固定観念が覆されること請け合いです。1人1台端末の時代に合った“今風”の実践であり、今後こういった活動が普及していくことでしょう。頭ごなしにSNSを禁止していたら、このような実践はできませんし、子供たちの学習機会を奪ってしまいかねません。
教員の高いICT活用能力によって学びは進化する
教員養成課程の未来像を示している常葉大学教育学部
このように、ICTを駆使した学習活動を考案し実行できる先生を、教員養成課程でどう育てるか。これが今、教員養成大学の大きな課題となっています。国も教員養成課程を見直し、ICTを活用した指導方法や理論を学ぶ必修科目が新たに設けられることになりました。
常葉大学教育学部は、教員養成課程の未来像を示してくれています。学生たちは自分の端末やクラウドを使って課題を提出したり、ディスカッションしたり、オンライン模擬授業を行ったりしています。従来の対面型講義とオンライン講義を上手に組み合わせて学生たちに学ばせることで、対面とオンラインそれぞれの良さを実感させ、「教員になったら、どんな授業や学習活動をすればよいか」「何を対面で行い、何をオンラインで行うのが適切か」を考えさせています。
同大学の三井先生は元小学校教諭なので、「大学でどんなことを学んでおけば、教員になって現場に出た時に役立つか」を常に念頭に置き、学生の指導にあたっています。こうした学びを大学時代に経験しておけば、将来教員になった時、必ず強みになるでしょう。
ストレスフリーに無線LANを使える環境を整えた札幌市
校内無線LANを整備したものの、電波の入り方に“ムラ”があって困っている、という悩みをよく耳にします。3階の隅にある教室だけ電波の入りが悪いとか、同じ教室内でも局所的に電波が途切れやすいとか。こうした問題を放置したままでは、授業に支障が出てしまいます。
このような問題の解決は先生方の仕事というより、裏方である教育委員会の仕事です。「端末を配付し、アクセスポイントを設置しましたので、後は現場の先生方にお任せします」では、利活用は進みません。そこで札幌市教育委員会では、無線LANの通信状態を自動で監視し、問題を解決し、安定化を図る製品を導入。市内全300校約13万人の児童生徒が、ストレスなくネットワークを利用できる環境を整えました。
こうした通信環境の整備は、「道路の舗装」のようなものです。いわば車を走りやすくするために道路をきれいに舗装するのと同じように、端末でインターネットを利用しやすくするために通信環境を整えるのです。他の自治体にも、ぜひ見習ってほしいと思います。
1人の100歩より100人の1歩!
これからのICT活用は、チーム戦です。教育委員会による「環境整備」と、学校現場での「活用」。この両輪をうまく回していくことが大切です。ICTが得意な先生だけが突っ走るのではなく、学校全体、地域全体で取り組み、子供たちを誰一人取り残すことのないようにしなければなりません。
JAETの「学校情報化認定」は、学校全体、地域全体の情報化レベルを客観視できる物差しです。自分たちは今どの地点まで来ているか、さらに上を目指すにはどこを改善すればいいかを知る手段として、活用してください。
ちなみに、今年度「学校情報化先進地域」に認定された大阪市では、現在、市立の小・中・高等学校の86%が「学校情報化優良校」の認定を取得しています。これはとても素晴らしいことで、まさに「1人の100歩より、100人の1歩」です。
「学習効果」は必ず表れる!
あきらめずに使い続けよう!!
最初は苦労を強いられるが使い続ければ必ず変化が訪れる
今後も、教育の情報化は加速していきます。冒頭で述べた「全国学力・学習状況調査」の「学力調査」も2025年度からCBT化する方向で動いています。「学習状況調査」は、もっと早くコンピュータ化されます。今年度は約100校の国立大学附属学校で、学習状況調査をオンラインで行いました。来年度は1万校規模で実施する計画です。
また文科省は、来年度予算の概算要求に、全国の小・中学校に1教科分の学習者用デジタル教科書を提供する実証事業を盛り込みました。今後は学習者用デジタル教科書も、加速度的に普及していくことでしょう。学習者用デジタル教科書のリンクをクリックすると、教材会社が作ったドリルや動画教材などが開き、閲覧履歴や解答・正解率が自動で記録され、先生はその学習ログを参考に指導の改善を検討する……。そんな時代が、もう始まりつつあります。デジタルトランスフォーメーション(DX)の到来です。
1人1台端末やクラウドを使い始めたばかりの今は、「紙の方が簡単で良かった」「頑張って使っているけど効果が出ない」と、時計の針を戻したくなりがちです。しかし、教育も社会も、情報化の歩みが速まることはあっても、遅くなることはありません。移行期の今は、みなさん悪戦苦闘していると思います。でも、あきらめないでください。歩みを止めないでください。我慢して半年、1年と使い続ければ、必ず学びの質が変わってきます。そして学習効果も目に見えてきます。
「全国学力・学習状況調査」では、「ICT機器を使うのは勉強の役に立つと思うか」との問いに、実に9割以上の子供が、「役に立つ」と回答しています。こうした子供たちの期待、家庭や社会の要請に、国・自治体・教育委員会そして先生方が手を取り合って、応えていきましょう。