公開日:2018/6/15

世界標準レベルの「タイピングスキル」を目指して

―福島県―
福島工業高等専門学校

文部科学省の調査によると、高校生のタイピングスキルは、1分間当たりわずか24.7文字。2020年度に向けた大学入学者選抜改革においては、CBT(Computer Based Testing)方式の導入が検討されており、高校生のタイピングスキルの向上は差し迫った課題だ。そんななか、福島工業高等専門学校では、『イータイピング プロ』を使って、1年生にタッチタイピング※を指導している。今回はその取り組みを取材した。



福島工業高等専門学校
〒970-8034 福島県いわき市平上荒川長尾30
TEL 0246-46-0704

東北地区で最初の国立高等専門学校として昭和37年に機械工学科、電気工学科、工業化学科の3学科で開校。現在、機械システム工学科、電気電子システム工学科、化学・バイオ工学科、都市システム工学科、ビジネスコミュニケーション学科の5学科と、5つの専攻コースを持つ。

全学科を通じて1年生からタッチタイピングを指導

 福島工業高等専門学校では、1年次の「情報基礎」の授業を全5学科共通の専門科目としている。この科目では、コンピュータの基礎知識や情報モラル、eメールやwebの利用、文書作成、プレゼンテーション、表計算、プログラミング等を学ぶ。なかでも、習得が必須とされるのがタイピングスキルだ。そこで同校では、すでに10年前から1年次にタイピングの指導をしてきた。指導にあたっているのは、一般教科 情報の准教授 博士(学術)である布施雅彦先生だ。

 取材に訪れたこの日は、毎月1回行われるタイピングテストの最終回。始業時間になると、生徒たちは各自パソコンを起動して『イータイピング プロ』を立ち上げ、自分のIDパスワードでログインする。まずは、指慣らしのために「腕試しレベルチェック」機能でウォーミングアップ。静まり返った教室に、キーボードを打つ、カタカタという音が響き渡る。生徒たちが一気に集中モードに入っていることがわかる。

図1
テストのあと、リアルタイムでランキングが表示される。競い合い、切磋琢磨することで、クラス全体のスキルが向上する。
図2
全学科の生徒たちの練習回数、スコアの履歴、伸び率などが一覧で表示される。高スコアの生徒は練習回数が多い傾向がある。
図3
個人の学習の詳細な履歴が可視化される。自分の弱点もわかり、学習のモチベーションアップにつながっている。

ランキングや履歴の見える化がモチベーションアップに

 ウォーミングアップが終わると「一斉テスト」機能に切り替える。「用意、スタート」の合図とともに、各自スタートボタンを押してテストが始まる。次々と表示される「ご足労いただきありがとうございました」「お電話があったことを申し伝えます」といった課題文を、いかに速く、正確に入力するかが競われる。速いだけではだめで、タイプミスは減点される。減点されないためには、デリートボタンで間違いを消して再入力しなければならず、時間のロスになる。パソコンを使い慣れた社会人でも、200点を取るのはなかなか難しいという。

 1回のテスト時間はおよそ5分。3回取り組み、最も良かった点数が成績の評価対象となる。合格点は209点だ。

 テスト終了後、瞬時にクラスのランキングがパソコン上に表示された。474点が最高点だった。成績管理画面には、各生徒のスコアや練習回数、スコアの伸び率なども表示される。おおむね練習回数の多い生徒は高得点を獲得していることがわかる。タイピングの授業が始まった4月から1月までの10か月間で、1600回も練習した生徒もいる。
「○○くんは、すごい伸び率だね」
「△△くん、練習回数すごいね」

 スクリーンに結果を表示しながら、布施先生が声を掛ける。生徒の画面では、各自の学習履歴がさらに細かく、グラフ化されて表示される。自分ががんばった証が可視化されることで励みになり、やる気につながっている。
最後に、これまでの学習の振り返りを記入して、タイピングの時間は終了。時間にして約15分。その後は、通常の情報基礎の授業に移った。

全くできなかった生徒も確実に成長できた

 「タイピングの授業は、最初にソフトの使い方を説明するだけで、あとは自分で空き時間に練習をすることが基本です。生徒たちの成長を把握することと、生徒自身の緊張感を保つために、『一斉テスト』機能を使って、月1回テストを行っています。管理者画面で、一人ひとりの状況を見て、伸び悩んでいる子、練習をあまりしていない子には声を掛けて練習のコツをアドバイスしたり、補習をしたりして、1年次の終わりには全員が合格点を取れるように指導しています」

 年間60時間の「情報基礎」の授業で、タイピングが占める時間はごくわずかだ。しかし、生徒にとっては、自分の成長を目で見て確認でき、スコアアップの達成感を感じることができる、印象に残る活動となっている。

 「最初は、キーボード入力が全くできない生徒が大半です。1本指や2本指で打つ生徒もいます。『キーボードを見ないで入力するなんて、絶対にできない』と、ほとんどの子が不安になります。でも、半年もすればタッチタイピングができるようになり、できるとうれしくて、さらにがんばるようになる。タイピングの授業は1年次だけですが、運転と同じで一度覚えたら忘れることはありません。最終的には、世界標準レベルに到達して卒業させたい」と布施先生は意気込みを見せる。

 最終回のタイピング授業後に、生徒たちが書いた感想には、「入学したときに比べて、明らかに速く打てるようになった」「絶対無理だと思ったが、200点を超えることができた」「これほど成長したことに驚いている」「何事も積み重ねが大事なのだと思った」などの声が挙がっていた。

世界から大きく立ち遅れる高校生のタイピングスキル

 そもそも布施先生が、タイピング指導を授業に取り入れたのは20年以上も前のことで、当時は文系のコミュニケーション情報学科の生徒を対象とした授業だった。そして、2008年からは全ての学科の専門教科で実施するようになったという。

 「タッチタイピングは、今やできて当たり前のスキル。大学でも、レポートをパソコンで仕上げてオンラインで提出することが一般的になりつつありますし、就職したらタイピングができなければ話になりません。欧米では、子供の頃から当たり前にキーボードを使っています。ところが、日本の高校生は、スマートフォンの操作には非常に長けているのに、パソコンやキーボードの操作がほとんどできない。小・中学校でも、調べ学習で少しパソコンに触れる程度で、タッチタイピングなどの基本的なスキルをしっかり学ばないまま高校に上がってくるのが実状です」と布施先生は指摘する。

 文部科学省が2017(平成29)年に発表した「情報活用能力調査」(平成27年12月~平成28年3月実施。調査人数4、552人)の結果によると、高校生の1分間当たりの文字入力数は24・7文字だ。つまり、A4用紙の1行分の文章を書くのに2分近くかかることになる。また、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)によると、日本では、ゲームなどの娯楽目的でのモバイル端末利用は進んでいるものの、「学習・教育に関するICT利用率は、OECD諸国の平均に比べて低い」という結果が出ている。大学入学者選抜改革によるCBT方式の導入の可能性もトリガーとなり、高校生のタイピング能力に危機感を持つ学校が増えているが、同校ではかなり早くから、タイピングの重要性に気づき、指導してきたと言える。


ソフトの活用と学習指導その両輪で効果的な指導を

 「クラウドベースの『イータイピング プロ』は、パソコンとインターネット環境さえあれば、PC教室内だけでなく、一般教室や図書室、自宅、学生寮内など、生徒は好きな場所で好きな時間に練習をすることができます。ただ、難しいのはモチベーションを維持すること。タイピングは、コツコツと練習を積み重ねることでしか上達しません。訓練ですから決して楽しいものではなく、よほど意志の強い子でなければ一人では続けることができません。『イータイピング プロ』で練習回数やスコアの推移を可視化できることは、モチベーション維持に役立っていると思いますね」と布施先生は話す。

 ただし、自習ベースの勉強にも限界があるという。そこで重要になるのが、教師によるクラスの雰囲気づくりだ。

 「全学科で一斉に取り組み、『みんなががんばるから、私もがんばらなければ』という気持ちにさせることが大事です。『イータイピング プロ』なら、クラスごとのランキングも表示されるので、次第に『あのクラスに負けたくない』『クラスみんなでがんばろう』という雰囲気が生まれ、クラス全体のスコアが上がっていきます」

 ソフトの活用に加え、高い効果を上げる背景には、布施先生の「生徒のやる気を引き出す指導」がある。

一般教科 情報 准教授 博士(学術)布施 雅彦先生
大分大学教育学研究科教科教育卒業、茨城大学理工学研究科情報システム工学科専攻修了。博士(学術)。専門は、教育工学、eラーニング。『東日本震災時における福島高専のICTの活用』など論文多数。

 「将来は、音声入力が当たり前になって、タイピングスキルなど不要になる日が来るかもしれません。でも、コツコツと努力を重ねることで、最初は『絶対できない』と思っていた目標に手が届いた、あきらめずにやり抜いたという自信が、生徒たちの将来にとってとても意味がある。むしろ、そちらの効果のほうが、大きいかもしれません」と布施先生は話す。

 卒業生からは「タイピングをやって良かった」という感謝の声があとを絶たないという。同校のように、21世紀を生きる生徒たちの必須のスキルとして、早急に、タッチタイピングの指導が各校に広まっていくことが望まれる。

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